岡山が仙台を2-0で下し、悲願のJ1初昇格を成し遂げた。前半20分にMF末吉塁(28)が右足で芸術的なループを決めて先制すると、後半16分にはFWルカオ(29)の突破からMF本山遥(25)が右足で追加点。03年に誕生し、09年から今季までJ2で戦ってきたクラブが、昇格PO参戦3度目で初めてJ1の切符を勝ち取った。
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親会社を持たない市民クラブが、ついにJ1に到達した。2-0で経過した追加タイムに試合終了の笛が鳴った瞬間、岡山が歴代33番目のJ1クラブになることが決定。配布されたハリセンをたたく音が会場中に響き渡り、誰もが立ち上がって感情を爆発させた。その中で、古参の支援者からもみくちゃにされていた木村正明オーナー(56)は「市民クラブで親企業がないので、本当に1人1人で作ってきたクラブ。そういった皆さんにJ1の景色を見せてあげられるのはすごくうれしい」。16年間のJ2所属に終止符を打つ結果に感涙した。
同オーナーは「岡山県民は広島に対するライバル意識がある。岡山にスポーツチームがなくていいのか?」と06年にゴールドマン・サックス社を退社して社長に就任。私財も投じてクラブを成長させてきた。J昇格のため、06年オフにはアマチュア運営からプロ化にかじを切った。「次の年に25万円出せるようにお金を集めるから、プロ化に踏み込む」と宣言したが、所属選手に提示できたのは、月給3万円、5万円、7万円のいずれか。議論の末に25人中19人が退団。「彼らのサッカーの場を失ってしまった」という思いから、当時の光景は今も夢に出てくると言う。そんな苦渋の選択を繰り返しながらクラブを前進させてきた。
Jリーグの専務理事に就任して1度はクラブを離れたが、J1の視察を通じて「この光景を岡山でも見たい」と22年にオーナーとして戻り、待望の日を迎えた。
06年の役員合宿で制定されたクラブの30年計画には、3年でJ昇格、7年で練習拠点、10年で平均観客1万人、15年でJ1昇格とある。18年目でのJ1昇格は3年遅れだが、続きにある「20年で専用スタジアム、25年でアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)出場、30年で他スポーツを含めた全てのスクールを作ること」を達成するため、さらに加速して取り組んでいく構えだ。今季のクラブ予算は20億円弱とJ1では最低規模。その差を埋めるための努力は惜しまない。「何もなかった街の反骨精神みたいなものが、このクラブの特徴。明日からまた営業しまくろうと思ってます」。この日来場した06年オフの退団選手たちの姿を見て「自分たちがいたクラブがJ1クラブになると喜んでくれるかな」と泣いた男は、すぐに涙をぬぐい、クラブの将来に目を向けた。【永田淳】
○…前半20分のビューティフルループ弾は、チームとしての狙いから生まれた。殊勲の先制点にMF末吉は「クロスをファーサイドに蹴ろうとしたら、それが運良く入った」と話したが、その位置は事前のスカウティングで狙っていた場所だった。徹底したからこその得点だった。力強くつかんだJ1昇格には「毎日の練習が競争で、そういう緊張感が勝負強さにつながった」と胸を張った。
◆ファジアーノ岡山 川崎製鉄水島サッカー部OBが結成したリバーフリーキッカーズ(RFK)を母体に03年に誕生。08年にJFLで4位となり、J2加盟を決めた。09年の初参戦から今季が16季目。ホームタウンは岡山市、倉敷市、津山市を中心とした岡山県全域で、本拠地はシティライトスタジアム。ファジアーノはイタリア語で、岡山県の県鳥「キジ」を意味し、有名な桃太郎伝説で鬼退治に活躍したことにちなむ。
◆Jリーグ経験クラブ J1初昇格を決めた岡山は、93年のJリーグ創設時のオリジナル10と合わせ、J1を経験する33クラブ目。中国地方からは広島に次いで2クラブ目で、23の都道府県でJ1クラブが誕生した。また、J3・JFL入れ替え戦を制した高知ユナイテッドは高知県勢で初のJリーグ参入。これでJリーグ未経験は福井、滋賀、三重、和歌山、島根の5県となった。なお、今季J3で最下位だった岩手がJFLに降格し、JFL優勝の栃木シティが来季、初めてJ3に昇格する。



