サッカー元日本代表の中村憲剛さん(44)が、31日までにインスタグラムを更新。今月中旬に、父が亡くなったことを伝えた。

中村さんは「先週になりますが、父が亡くなりましたことをご報告させて頂きます。83歳でした」と明かし「正直な話、父の訃報をSNSで出すのはどうなのかと悩みました。ただ、このまま父のことを触れずに今後も発信はできないという気持ちと、父への感謝を伝えたい気持ちがあるのでここに記したいと思います」と投稿。

生前の父を思い返し「父は強く厳しく豪快な人でした。それだけではなく頭が切れ回転も速く、時代の流れに敏感で、アイディアや考えはいつもこちらの斜め上で意外性に富み、観察眼も鋭く的確にアドバイスができる人でした。しっかりとこちらを見た上で、今の状況(良い点・改善点のどちらも)を正確に伝えてくるので、早い段階でこれは適わないなと悟りました。そして、ここには書けない強烈な話が山ほどある究極の負けず嫌いでもありました。そのような父親に常に接してきたので、物心ついてからここまで父よりもすごいと思った人物にはほとんど会ったことがありません」と、改めて尊敬の念を表した。

一方で「優しくユーモアのある人でもありました」とし「だからこそ、父の意向で家族葬だったにも関わらず、多くの方たちが父に会いたいと自宅に弔問に来てくださり、父とのエピソードをたくさんお話ししてくれました。みなさんのお話しを聞いて改めて愛される存在だったんだなと。亡くなる前日にはすでに家族を持った孫達とひ孫、僕の子供達全員と自宅で会うことができて、最後に交わした言葉がそれぞれ遺言のような一言だったことも流石と言わざるをえません」と、その偉大さを改めて感じた様子。

加えて、中村さんは幼少期からの父との関わりを想起し、長文で思いをつづった。投稿内容は以下の通り。

 

少しずつ大きくなっていく息子が、父が学生時代にプレーしていた野球ではなく、サッカーの道に進んだのは父的には計算外だったかもしれませんが、野球もサッカーも勝負事には変わりはないので、僕が小学生になり府ロクSCに入って以降、筋金入りの負けず嫌いだった父は基本的にはずっと厳しかったです。

「やるからには勝て」「負けたらお前の責任だ」他にも色々とありましたが、チームスポーツなのになんでそこまで言われなきゃいけないのかと幼いながらに思ってました。ただ、毎週末の試合には必ず母と観戦に来てくれていたので、言われたことは見当違いではなかったですし、試合後に必ずあった車での振り返りも、良いプレーをしたら褒め、良くなかったら怒る。そこの基準ははっきりしていました。

そして、常に本気でした。裏表がなく、子ども相手にも誤魔化(ごまか)すことはありませんでした。本気の言葉は熱量を伴って伝わります。(僕が熱くなり過ぎるところがあったのは間違いなく父譲りです)

そこから成長していくに連れて訪れる人生の節目で、父から伝えられた言葉が道を切り開く原動力になりました。技術のこだわりや闘争心の部分、チームリーダーとしての心得、チームマネージメントの方法論など話してくれたことは多岐にわたりますが、ずっと伝え続けてくれていた言葉がふたつありました。

ひとつは「自分に矢印を向けることの大切さ」 矢印を自分に向け現実を受け入れることから本当の意味での成長が始まることを教えてくれました。

そして、もうひとつが「意外性のあるプレーヤーになれ」でした。特にこれは深く刻まれており、自分の中でも「意外性のあるプレー」とは何かを真剣に問い続け、相手だけではなくチームメートやスタジアムで観ている方たちも驚かせようとプレーしてきました。

小さい頃から本気で熱量を持って日々伝えられてきた言葉の数々は自分の血肉になり、40歳まで現役でプレーした自分の源泉になりました。

色々な意味で大きな存在でした。父の存在無くしていまの自分はありません。大きな存在ゆえに大変なことも多々ありましたが、いまはもう感謝の気持ちしかありません。

本当にありがとう。

あなたに褒められるのがやっぱり1番嬉しかった。あなたに褒めてもらいたくて一生懸命やっていた少年時代を思い出し、あなたに優勝する姿を見せたいから悔しい思いを何回しても最後まで諦めずにプレーすることができました。

優勝する姿を見せることができて本当に良かった。MVPのトロフィーを渡した時の嬉しさを隠そうとしてたけど全く隠しきれなかった笑顔は一生忘れない。昨年の引退試合、体調が良くないながらも等々力まで足を運んでくれてありがとう。

等々力でプレーする姿を見せられて良かったです。

正直、今も亡くなった実感がなくて。不思議な感覚です。家に行けば「おぅ来たか」と迎えてくれる気がするし、電話をしたら出てくれるんじゃないかと思ってしまう自分がいます。

これからの人生に父はもういません。でも怖くはないです。

これまでの父との時間が進むべき道を示してくれると思いますし、自分の力でその道を正解にできるよう歩いていきたいと思います。

最後になりますが、ここ数年、父の体調が芳しくなく、家族みんなで父と関わる中で、事情を共有して家族第一にと融通してくださった強化部のみなさん、シゲさんをはじめ、クラブスタッフの皆様の温かい理解に心から感謝申し上げます。おかげで現役時代にはなかなか難しかった父との時間を過ごすことができました。小さな後悔はあれど、大きな悔いは全くないです。

本当にありがとうございました。

僕がプロになる時に父が家訓として伝えてくれた言葉、「感謝 感動 感激」この言葉を胸に刻みまた頑張っていきたいと思います。