兵庫県の南東部に位置する芦屋市。東海道本線のJR芦屋駅から、南へ徒歩10分の場所に県立高校がある。

芦屋高は1940年(昭15)に芦屋中として設立された。元サッカー日本代表監督の加茂周氏(80)、元阪急電鉄社長の大橋太朗氏(80)らが巣立ち、近年ではフィギュアスケートの三原舞依(20)が卒業した。

6月、静かだった学校に元気な高校生が戻ってきた。部活動再開の日を待ちわびていたのは、運動部だけではない。校舎3階の書道室にも明るい声が響いた。

書道部はテスト前の部活停止期間に入った2月中旬から約3カ月半、全体での活動ができなかった。この春から選抜高校野球など多くの高校生競技が中止されたが、新型コロナウイルスの影響で書道部の大切な「春」も失われていた。


センバツのプラカード文字担当だったのに

センバツに向けて作品を仕上げた履正社担当の石田瞳さん(左)と明石商を担当し今春卒業した大野詩織さん(芦屋書道部提供)
センバツに向けて作品を仕上げた履正社担当の石田瞳さん(左)と明石商を担当し今春卒業した大野詩織さん(芦屋書道部提供)

3月11日、高校野球のセンバツ中止が決定。芦屋は19年に審査が行われた国際高校生選抜書展(書の甲子園)団体の部で2年連続の近畿地区優勝を飾り、センバツのプラカードの文字を担当する権利を得ていた。

割り当ては履正社、大阪桐蔭の大阪勢と、明石商(兵庫)の3校。年明けに部員22人全員で校内選考を行い、石田瞳さん(3年)は履正社担当に選ばれた。中3の秋に西宮市中学校連合体育大会で国旗を持ち、甲子園の土の上を行進した思い出があった。「履」の繊細なバランスを求め、半紙を100枚以上費やした。

「自分の字が甲子園の土の上を通るのが、楽しみでした。中止は悔しい。でも、へこんでも、どうにもならないよなと思いました」

約1カ月半後、さらに悲しい知らせを聞いた。4月27日、今度は夏の「書道パフォーマンス甲子園」が中止となった。プラカードを担当する権利をつかんだ「書の甲子園」とともに、目標としてきた舞台だった。

「『また中止か…』という感想でした。どう言葉にしていいか分からない。悔しさもあるし、悲しさもありました。『今の時代、仕方がないのかな?』とも思ったり…。いろいろな感情で1週間ぐらい、このことを考えるのをやめました」

最後の「書道パフォーマンス甲子園」へ、思いは人一倍だった。昨年8月。早朝から新幹線と特急を乗り継ぎ、愛媛・四国中央市で前回大会を視察した。本大会に進めず、立場は観客6500人の1人だった。

「開会式の時点で『なんで自分たちがいないの?』と悔しくなりました。『来年こそ、絶対にみんなで愛媛に行く』と誓いました」

部を引っ張る立場となり「パフォーマンスリーダー」を務めた。今年に懸けていた。最大12人で行う演技に向け、2月の時点で構成を終えていた。本来なら本格的な練習に打ち込む春。憧れの舞台がなくなった。


40年ぶりに「部」が復活、情熱引き継がれ

約40年ぶりに復活した2014年~16年に入学した書道部員たち(芦屋書道部提供)
約40年ぶりに復活した2014年~16年に入学した書道部員たち(芦屋書道部提供)

書道への情熱は、過去の先輩から受け継いできた。

「先生、書道部を作りましょう!」

2012年10月、顧問の狩谷申子さん(48)は書道講師として芦屋に着任した。結婚を機に、大分から関西へ拠点を移した時期だった。10月1日の7時間目。1年C組の授業で「半年だけだけれど、よろしくね」と告げた。授業を終えると1人の生徒が寄ってきた。

「授業している時から、私の顔をじっと見てくる子がいたんです。そうしたら『書道部を作りたい』と言ってきて…。私の勤務は半年の予定でした。その子には『最初は同好会だから、クラブになるまで3年かかるよ。あなたが高校生の間に実現しないよ』と伝えて、反対し続けていました」

放送部だったその生徒は、毎日のように職員室を訪れ、部の設立を訴えてきた。13年春、狩谷さんの勤務延長が決まると、6月の文化祭での展示とパフォーマンスを申し出てきた。生徒26人が1000円ずつ出し合って道具をそろえ、文化祭には「有志」で出演。その熱意に心を動かされた。

1年後の14年春、生徒たちの願いはかなった。それは同好会の立ち上げではなかった。約40年ぶりとなる書道部の「復活」だった。

同じ時期、石田さんの兄が芦屋に通っていた。書道部ではなかったが、文化祭を訪れた両親が舞台発表をビデオで撮影していた。当時中1だった妹は、自宅で偶然流れた「書道パフォーマンス」の映像に魅了された。3年後、芦屋書道部に入部するきっかけだった。


コロナで部活にどう区切りつけていいのか

作品を仕上げる芦屋の書道部員たち(芦屋書道部提供)
作品を仕上げる芦屋の書道部員たち(芦屋書道部提供)

口数は少ないが、向上心は人一倍-。そんな松平果穂さん(3年)は、書道部の頼もしい存在だ。授業間の10分休憩も惜しまずに筆を走らせ、部の会計担当としては校内での予算折衝、経費の管理も担ってきた。

一大目標「書の甲子園」の作品受付は、今年も9月に設定されている。前回は国内の応募総数1万3673点。こちらの大会はパフォーマンスと違い、個人で「書」に向き合う。松平さんは過去2年連続で入選を果たした。前回大会の入選は1800点。2点の文部科学大臣賞以下、入賞と入選は1999点となっており、全体の14%の割合だ。

集大成の3年目-。例年は4月から本格的な練習に入り、8月の夏合宿、9月の作品受付直前まで向き合う。だが、今年は5月の高野山競書大会なども中止となり、自宅待機の日々が続いた。休校明け、松平さんは正直な思いを口にした。

「コロナの影響で部活にどう区切りをつけていいか、分からない状況が続きました。私は同時に2つのことを頑張るのが、難しいタイプ。これからは『受験勉強を軸にしていかないといけない』と思っています」

少し複雑な表情を浮かべたが、今度はほほえんだ。

「でも、書道は『楽しいもの』なので、勉強の合間に『ちょっと書道やろう』ってやるとか、いい切り替えになるかもしれません」

大会を節目とし、一斉に引退することが多い運動部と、文化部は事情が違う。

顧問の狩谷さんも悩んだ。約3カ月半、書道部の部員とほとんど顔を合わせられなかった。保護者から意見も聞き、休校期間最終日の5月31日には、節目の大会もないまま、代替わりの区切りとする「Zoomミーティング」を行った。3年生の今後は、個々の意思を尊重することになった。


全国総合文化祭がウェブ開催に変更も感謝

国際高校生選抜書展(書の甲子園)の近畿地区3連覇と全国優勝を目指し、笑顔を見せる芦屋書道部(撮影・松本航)
国際高校生選抜書展(書の甲子園)の近畿地区3連覇と全国優勝を目指し、笑顔を見せる芦屋書道部(撮影・松本航)

自治会(生徒会)で美化長を務める大橋乃々香さん(3年)は、同校書道部で唯一、全国高校総合文化祭(7月31日~10月31日、高知)への参加が決まっていた。だが、その開催方法も、ウェブ上での発表に切り替わった。休校期間中には狩谷さんからレターパックを用いて助言を受けながら、自宅近くの会館で作品を書き上げた。孤独な作業を重ね「感謝」が芽生えた。

「総文(総合文化祭)は私の憧れで『自治会の執行部をしながら絶対に出たい』と思っていました。高知に行けなくなって寂しいですが、運動部は大会自体がなくなっている。やっていただけるだけ、本当にありがたいです」

2年時の「書の甲子園」では127点の秀作賞に選ばれた。意欲は衰えない。

「受験もあるけれど、去年の結果より落ちたくないです。3日間でもいいので、集中して、書の甲子園の作品も書き上げたいです」


現高3対象に主催者が来年の大会参加認可

集合写真に納まる右から原愛実さん、石田瞳さん、松平果穂さん、大橋乃々香さん、顧問の狩谷申子さん(撮影・松本航)
集合写真に納まる右から原愛実さん、石田瞳さん、松平果穂さん、大橋乃々香さん、顧問の狩谷申子さん(撮影・松本航)

書道部幹事の原愛実さん(3年)は、大阪桐蔭のプラカードの文字を担当していた。昨夏の甲子園準決勝を現地で観戦し、球児が1球に全力を尽くす姿を目に焼き付けていた。悔しさを経て、視線は前に向いた。

「センバツは本当に悔しかったです。だけど、運動部は総体がなくなって、そこで引退しています。私たちには、まだ秋にも『書の甲子園』のチャンスがある。去年は入選だったので、何とか賞を取りたいです」

さらには今夏の大会を中止とした「書道パフォーマンス甲子園」の主催者が、早くも現3年生を対象に来年の大会参加を認めた。「パフォーマンスリーダー」として志半ばだった石田さんの声は、自然と弾んだ。

「国際的なことを学べる大学に行きたいと思っています。もし留学とかとかぶらなければ、来年挑戦してみたい気持ちが強いです」


複雑に絡み合う全ての思いを紙に書く作品

6月21日、今年の「書道パフォーマンス甲子園」に向けて準備してきた作品「声(旧字体)」を書く書道部員たち(芦屋書道部提供)
6月21日、今年の「書道パフォーマンス甲子園」に向けて準備してきた作品「声(旧字体)」を書く書道部員たち(芦屋書道部提供)

狩谷さんは休校期間中、誰もいない学校の靴箱で涙を流した。教え子たちの葛藤を知る先生が発した言葉は、温かく、優しかった。

「(来年)大学生になった彼女たちが、夜に集まって練習するのであれば、私も見ます」

大会に向けて準備していた作品のテーマは、旧字体の「声」だった。書体字典を開き、字を選び、旧字体にすることで「昔からの伝統を守る」といった思いを込めた。石田さんは言う。

「心にある声と、表に出す声が全然違う主人公がいる。モヤモヤとした心の声と、外に出ていく声…。その全てが混ざり合った思いを、紙に書く作品でした」

コロナは運動部のみならず、文化部の目標も奪った。この作品の主人公のように、今も生徒の心には複雑な「声」が宿っている。それでも明日はやってくる。どんな選択であれ、自分の意思で踏み出した1歩は、限りなく尊い。【松本航】