「日本ボクシング界最大の勝利」と語り継がれる一戦がある。1965年(昭40)5月18日、愛知県体育館で行われた世界バンタム級タイトルマッチである。50戦不敗の王者エデル・ジョフレ(ブラジル)は、「黄金のバンタム」の異名を持つ、全階級を通じて最強と言われた強豪。挑戦者の元世界フライ級王者ファイティング原田(笹崎)は、圧倒的不利と思われていた。

その周囲の予想は初回から裏切られる。原田は開始ゴングと同時にラッシュに次ぐラッシュ。左右の連打でジョフレをコーナーに追い詰めたのだ。これにはセコンドの笹崎会長もあきれたという。4回には強烈な右アッパーで無敵王者をロープに吹っ飛ばした。5回の反撃でダウン寸前に追い込まれたが、その後は再び奮起して2-1の判定勝利。世界も驚く大番狂わせだった。

勝因は先制攻撃。17連続KO中の王者の強打を恐れることなく、突進して連打を繰り出した。米国の専門誌に「狂った風車」と名付けられたラッシュに、王者は面くらい、ペースを乱した。後年の取材で「手が3本あるわけじゃない。同じ人間、負けるわけがない」と原田は当時の心境を振り返った。ラッシュを15回続けるスタミナにも自信があった。

WBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太(帝拳)が4月9日、IBF同級王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との統一戦に臨む。世界最多の17連続KO防衛の記録を持つゴロフキンは「歴代最強」とも評される。欧米人の平均的な体格のミドル級(72・5キロ以下)は、全階級を通じて最も層が厚いといわれる。村田が勝てば「日本ボクシング界最大の勝利」を更新することになる。

3月28日の公開練習で村田は「1回から勝負だと思っている。プレッシャーはかけていきます」とコメントした。先制攻撃に勝機を見いだす戦略に、57年前のあの原田の初回のラッシュを思い出す。プロの実績を比較すれば旗色は悪いが、ボクシングは相性やコンディション、開催地などさまざまな要素が勝敗に影響する。原田の勝利が最も象徴的な実例である。ちなみに原田は再戦でも判定勝ち。プロ78戦でジョフレの黒星はこの2敗だけだった。

ジョフレ-原田戦でもう1つ印象的なシーンがある。初黒星を喫した王者が、判定が告げられた瞬間、誰よりも早く原田に駆け寄って抱き上げたのだ。力のすべてを出し尽くして戦い抜いた一戦を、2人でたたえ合っているようだった。スポーツマンシップを象徴するあの光景は、日本人の歓喜の記憶を美しく彩った。勝敗を超えた試合後の抱擁を、今回の統一戦でも見たいと思う。(敬称略)【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)