地球の海が占める面積の割合、ビールと泡の黄金比率、運転免許の保有者。

それぞれ、約70%、7対3、10人中7人。パッと分かりやすい例えが頭に浮かばず、恐縮だが、「7割」と聞けば、おそらく、ほとんどの人が「多い」とイメージするだろう。

このたび、陸上界のあるデータが「10人中7人」になった。名誉なトップ10のリストは、視点を変えると、悲しき現実を浮き彫りにする。

陸上男子100メートルで東京五輪の金メダル最有力候補だったクリスチャン・コールマン(25=米国)が、21年11月までとなる18カ月の資格停止処分を受け、東京五輪に出られなくなった。19年世界選手権覇者であるコールマンの場合、居場所申告を3回怠ったことにより、ドーピング失格の同等の扱いとなった。実際に禁止薬物を使用したかは定かでないが、守らなくてはならぬアスリートの義務を破ったのだから、厳しい処分は当然だ。

この結果である。

男子100メートルのベストタイム世界歴代10傑のうち、7人がドーピング検査の資格停止処分の経験者になった。

そして“シロ”なのは、たった3人になった。


<世界歴代10傑>

○は歴なし。×は歴あり。


(1)9秒58 ウサイン・ボルト(ジャマイカ)○

(2)9秒69 タイソン・ゲイ(米国) ×

(2)ヨハン・ブレーク(ジャマイカ) ×

(4)9秒72 アサファ・パウエル(ジャマイカ) ×

(5)9秒74 ジャスティン・ガトリン(米国) ×

(6)9秒76 クリスチャン・コールマン(米国) ×

(7)9秒78 ネスタ・カーター(ジャマイカ) ×

(8)9秒79 モーリス・グリーン(米国) ○

(9)9秒80 スティーブ・マリングス(ジャマイカ) ×

(10)9秒82 リチャード・トンプソン(トリニダード・トバゴ) ○


ドーピングには「うっかり」の例も存在する。競技力向上とは関係ないヒゲの育毛、興奮剤、サプリメント、飲料に意図せずドーピングの成分が含まれていたなど。とはいえ、「7/10」という数字はどう考えても多すぎだ。

過去には、ともに当時の世界記録を塗り替える9秒79のベン・ジョンソン(カナダ)、9秒78のティム・モンゴメリ(米国)もドーピング陽性反応により、記録を抹消された。

資格停止処分などの制裁の代償を払ったとしても、罪を完全には拭うことはできないだろう。ドーピングのやっかいな点は、薬が抜けた後も、完全な公平性が保たれているとは言い切れないこと。1度ドーピングで力を出すことを覚えた体は、薬がなくとも、そのパフォーマンスを再現する可能性が高まるとも言われる。それを知って、上記のデータを目を通すと、心が痛くなる。栄光の影に闇が混在する。ボルトが世界中から称賛される理由は、実績はもちろん、クリーンを貫いたことも大きい。

スポーツの感動、興奮は、その瞬間に宿る。その筋書きなきドラマも、ドーピングによって、スポーツの精神に反し、本質をゆがめることが判明すれば、興ざめになる。

04年アテネ五輪男子ハンマー投げ。現スポーツ庁の室伏広治長官は、アドリアン・アヌシュ(ハンガリー)がドーピング違反により優勝剥奪となって、銀から金メダルに繰り上がった時、「うれしく思う」とした上で、「直接、表彰台で受け取りたかったのが本音」とも述べている。

その会見で、室伏氏は自筆のメモを報道陣に配った。「真実の母オリンピアよ。あなたの子供達が競技で勝利を勝ちえた時、永遠の栄誉(黄金)をあたえよ」。メダルの裏にギリシャ古代語で書かれた文章の訳だった。そして「金メダルより重要なものがある。本当の真実の中で試合が行われることが、どれだけ大切かと思って引用した」と力説した。

薬物使用によって競技力を上げるドーピングは、公平の精神に反し、応援してくれるファンの疑念を生み、そして自身の健康も害す愚かな行為だ。真摯(しんし)に向き合うアスリートの努力が正しく報われず、損をする。そんな事が、決して許されていいはずはない。【上田悠太】


◆上田悠太(うえだ・ゆうた)1989年(平元)7月17日、千葉・市川市生まれ。明大を卒業後、14年に入社。芸能、サッカー担当を経て、16年秋から陸上など五輪種目を担当。


(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)