日本ハム稲葉篤紀内野手(42)が今季限りで現役引退することが1日、分かった。プロ20年目の今季は、4月に左膝を手術。復帰後もスタメン出場は10試合にとどまり、23試合で打率2割7分7厘、1本塁打、8打点。ユニホームを脱ぐ覚悟を固めた。近日中にも表明する見込み。ヤクルトでスタートしたプロ野球人生。数々の国際大会も含め、名球会入りなど功績を残した。全力疾走などで日本中の野球ファンを魅了してきたがピリオドを打つ。

 日本球界を引っ張ってきた稲葉が、ユニホームを脱ぐ決意を固めた。複数の周囲の関係者にはすでに意向を伝えているもよう。球団側も、その意思を尊重するとみられる。近日中にも自らの口で、その決意を表明することになりそうだ。

 今季は開幕こそ「7番・一塁」でスタメン出場したが、キャンプ中から抱えていた左膝痛が悪化。わずか2試合の出場のみで登録を抹消され、4月14日に内視鏡によるクリーニング手術を受けた。懸命なリハビリを経て7月に復帰。8月14日ロッテ戦(札幌ドーム)では、1年1カ月ぶりの本塁打も放ったが、スタメン出場は少なく、若手の台頭もあってベンチを温める機会が多かった。決断の背景には潔く、後進へと道を譲る思いもあったようだ。

 稲葉は、鮮烈なデビューでプロ野球人生をスタートさせた。94年ドラフト3位でヤクルトに入団。95年6月21日広島戦の初打席初本塁打が幕開けだった。04年オフにメジャー移籍を目指してFA宣言したがオファーがなく、日本ハム入り。新天地ではさらに打撃に磨きがかかった。06年にはリーグ優勝を決めるサヨナラ打を放ち、日本シリーズではMVPも獲得。翌07年には首位打者にも輝き、12年4月28日楽天戦で2000安打を達成した。活躍は個人記録にとどまらず、ヤクルト時代の野村、若松、日本ハムでもヒルマン、梨田、栗山監督を胴上げ。「優勝請負人」と呼ばれた。

 国際舞台の実績も輝かしい。08年の北京五輪でクリーンアップを打ち、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にも2度出場(09、13年)。長年主力として、日の丸を背負って戦った。兄貴分として、若手選手からの人望も厚く、昨季はコーチ兼任としても尽力。同年11月には、小久保監督の船出となる侍ジャパン台湾遠征でも、打撃コーチを務めた。

 ただ、年齢による衰えは隠せず、昨年は規定打席に到達せず、打率も2割3厘と低迷した。オフの契約更改の席で「野球人生を懸けた悔いの残らないシーズンにしたい。来年同じような成績なら引退も考えている。それくらいの覚悟を持ってやらないと駄目」と話し、強い決意で今季に臨んでいた。

 チームは現在、クライマックスシリーズ(CS)出場圏内の3位。奇跡の逆転優勝を目指し、上位2チームを追っている。経験豊富な「優勝請負人」が、最後まで全力プレーでチームを支え、自らの引退の花道を飾る。

 ◆稲葉篤紀(いなば・あつのり)1972年(昭47)8月3日、愛知・師勝町(現北名古屋市)生まれ。中京(現中京大中京)から法大を経て、94年ドラフト3位でヤクルト入団。95年6月21日広島戦で初打席本塁打。03年7月1日横浜戦でサイクル安打。04年オフにFAで日本ハム移籍。06年日本シリーズMVP。07年に首位打者と最多安打。08年北京五輪、09年WBC日本代表。12年に年長5位の39歳8カ月で2000安打達成。ベストナイン5度、ゴールデングラブ賞は外野手で4度、一塁手で1度。185センチ、94キロ。左投げ左打ち。今季推定年俸1億3000万円。家族は夫人と1男。