10月に特集記事を組む予定があって、半世紀前の映画「東京オリンピック」にまつわる取材を進めている。
DVDであらためて見て、そのクオリティーの高さに驚かされる。当時最先端の高質フィルムに焼き付けられた映像は鮮明だし、選手の表情のアップはもちろん、短距離走の直前に選手のくるぶしがズームアップされたりする。市川崑監督らしい演出だ。
撮影したのは監督とコンビを重ねていた劇映画の名カメラマンではない。当時、映画館で本編の前に上映された「ニュース映画」を撮っていた報道カメラマン。それも一線の164人が集められて初対面の市川監督の元、世紀の祭典に臨んだのだ。
当時、一番の若手だった山口益夫さん(82=現産経映画社社長)に先日、話をうかがった。
「最初の会合でね、監督から演出とか創作という言葉が出て、ベテランの中には『そんなのやってられんわ!』と言って、席を立つ人もいましたね。僕はただ、そんなものなのかなあ、と思って話を聞いてましたけど」
ニュース映像はテレビより映画館という時代。カメラマンの間には活気があふれ、体を張って時代の真相を切り取るという誇りがあった。
「安保法制の国会前デモをテレビで見ていたんですけど、機動隊のバスが腹を向け、縦列になってデモ隊の楯になっていましたね。60年安保のときはああじゃなかった。あれではバスが横倒しにされちゃう。当時は国会の正面にバスがデモ隊に顔を向ける形でびっしり8台くらい並べられてましたから。カメラを回しながら、これは突破できないだろうな、と思っていたんですが…」
が、山口さんの予想に反し、太い鎖を持ち出したデモ隊はこの内1台のバスにつなぐと、綱引きの要領で引っこ抜いてしまったという。
「なだれ込むデモ隊を必死で撮りました。でも、流血騒ぎが起こって、結局、カメラを置いて逃げることになったんですよ」
苦笑する。デモに反対する勢力が丸太に5寸くぎを打ったものを振り回しながら襲いかかってきたのだという。
隔世の感である。映画「東京オリンピック」からは、よくも悪しくも活気にあふれた、そんな時代の息吹も伝わってきた、気がする。
最終日のマラソンの舞台裏では、血気盛んな山口さんたちの撮影車がNHKの中継車と激しいつばぜり合いを演じたエピソードも興味深かった。
詳しくは10月の特集記事でお伝えしたい。【相原斎】



