河瀬直美監督(47)の新作「光」(来年公開)が、このほどクランクアップした。14日午後7時半ころに、京都文化博物館で約1カ月に及んだ撮影が終わると、主演の永瀬正敏(50)は「今は、まだ客観視はとても出来ないですが、1人でも多くの方に河瀬監督が伝えようとしている『光』が届くことを願っています。ともに生きた河瀬直美監督、スタッフの皆さん、共演者の皆さんに心から感謝しています。やっぱり僕にとって河瀬組はスペシャルでした」と感慨深げに語った。

 共演の水崎綾女(27)も「役になりきるために、ものすごく苦しくて大変だったのですが、撮影が終わってしまうのが本当に寂しい…。まだ河瀬組に身を置いていたいし、(演じた)美佐子でありたいという気持ちが今は強いです」と複雑な思いを吐露。そして永瀬とともに、感極まって涙を流した。

 「光」は、視覚障害者向け映画のモニター会で、音声ガイドの制作にたずさわる尾崎美佐子と弱視のカメラマン中森雅哉が出会い、音声ガイドの製作過程で衝突を繰り返しながらも、映画の光に導かれるように互いの心をゆっくりと通わせていく物語。脚本も河瀬監督が担当した。撮影は「日本の四季の中で光が1番美しく降り注ぐ、この季節に撮影をしたい」という同監督の強い願いから、監督の故郷で創作拠点でもある奈良で10月16日にスタートした。

 河瀬監督は、人間の自然な感情を何より大切にしており、俳優陣にも役として生きること、演技を超えた生の感情を要求する。昨年のカンヌ映画祭に出品された「あん」に引き続き、タッグを組んだ永瀬は、雅哉を演じるために弱視の人と何度も対面して話を聞いた上で、クランクイン前から弱視体験ゴーグルを着けて街を歩くなど、弱視の人の気持ちを理解することに努めたという。

 一方、水崎も美佐子になるために、撮影前からロケ地の奈良に住み始めた。音声ガイド制作者は、制作したガイドを利用者の前で発表し「ここが分からない」などと指摘を受けて、作り直す過程を繰り返すという。水崎は制作者に会うだけでなく、撮影中に音声ガイドを自分で制作、発表し、ダメ出しされては、テレビのない部屋に缶詰になって音声ガイドを考え、制作するなど、24時間役として生きる日々を送ったという。

 永瀬は撮影中、雅哉という役に完全に憑依(ひょうい)された状態で、目の焦点を合わせずに演技をしていたため、水崎の顔をきちんと見ることがなかったという。水崎も、クランクアップ時に、河瀬監督から「水崎綾女」と呼ばれて戸惑ってしまった。それほど役にのめり込んでいたからこそ、クランクアップの時、ともに感激の涙を流した。

 永瀬は弱視の人を演じる日々で感じたこと、苦悩、葛藤と、それらを乗り越えて、撮影を終えた充実感を語った。

 「(撮影が)終わったな…終わっちゃったなって感じです。なかなか言葉にするのが難しいのですが、魂よりも、もっと大きなものをフィルムに焼き付けられたらと思いながら日々過ごしていました。弱視から目が見えなくなっていく過程の苦しみや、実際に目の不自由な方々の苦しみを、極力、うそがないようにしたくても、実際の僕は目が見えています。でも少しでも近づきたいと出来る範囲の最大限の事をやり、自分自身に足かせをはめ、視力を失ってからは、ほとんど食事を取らず雅哉として生きてきました。実際に目の不自由な方々の気持ちを考えたら、僕らの小さな悩みや絶望というのは、大したものではない…そんな風に世の中の見方が、この作品で変わるきっかけにもなったらと思っています」

 水崎も、苦闘と充実の1カ月を熱く語った。

 「1カ月以上、美佐子として暮らしていたので、先ほど監督に『水崎綾女!』と名前を呼ばれ、急に現実に戻された感じです。私だけ、最初の1週間は台本がないまま演じていて、やがて1日分の台本をいただくようになり、10日前にようやく台本を1冊もらって読ませて頂きました。もう、8割、9割のところまで進んでいて『あと数ページしかない!』という状況でしたが、そこから作品のヤマが続き、ようやく2日前ころ(ゴールという)“光”が見えてきた感じがしました。明日も監督が『やっぱりリテイク(再撮影)したいです』って言ってくれないかなと、少し期待しています」

 河瀬監督は、永瀬と水崎を見つめながら「明日起きたら、明後日起きたら、奈良に、もう雅哉も美佐子もいないのだと思うと、なんだか身を裂かれるような思いがするのです。それほど登場人物たちと一緒に生きていたな、という気がします」と感慨深げに語った。クランクイン、クランクアップともに満月が上ったといい「クランクインが満月で、とても重要な雅哉と美佐子のシーンを撮った日が新月で、そして今日、クランクアップの日がまた満月。光もすべて味方につけた、俳優たちこそが、スペシャルだと思っています」と興奮気味に語った。

 河瀬監督は97年に世界3大映画祭の1つ、カンヌ映画祭に出品した「萌(もえ)の朱雀(すざく)」で新人監督賞「カメラドール」を受賞した。10年後の07年には「殯(もがり)の森」で、審査員特別大賞を受賞するなど“カンヌの申し子”として知られる。「光」を公開する来年は、「殯(もがり)の森」の受賞から、ちょうど10年。カンヌ映画祭では、10年周期で大きな賞を受賞しているだけに、「光」にも期待がかかる。