スプリントに関する科学的な研究成果を情報交換する第27回スプリント学会が3日、埼玉・東松山市の大東文化大で行われた。

 リオ五輪陸上男子400メートルリレーの銀メダリスト4人が出席し、桐生祥秀(20)ケンブリッジ飛鳥(23)山県亮太(24)飯塚翔太(25)の歴史的快挙を達成した4人が勢ぞろいし、五輪本番でのエピソードを披露した。

 その中で一番会場が盛り上がったのが、決勝レース直前にバトンを受け渡す位置を選手によって微妙に変えた時の心境だった。まず、1走山県からバトンを受けた2走飯塚は熟考した末に、予選よりも約7センチ(4分の1足分)伸ばした。飯塚は「4分の1足だとイメージはできていたんですが、半足だとイメージができなかったんです。だから、4分の1足なら思い切って出られると思ってそうしました。もう、気持ち(の問題)なんですけどね。ただ、予選を走ってみて、変えないのももったいないと思って」と、悩んだ胸中を赤裸々に口にした。

 バトンを渡す山県は「予選よりも確実に遠いなと感じました。もう、飛び込んでも渡さないといけなと」と、わずか7センチの違いを繊細に感じ取ってのバトンリレーだったことを感じさせた。

 ここで苅部俊二短距離部長がエピソードを披露。

 苅部部長 ロンドン五輪では、予選を通過して、やっぱりバトンの位置を伸ばそうということになり、半足伸ばして失敗したんです。

 山県と飯塚はロンドン五輪で400メートルリレーを経験しており、当時のことが頭をよぎった。飯塚がギリギリまで4分の1足分の7センチか、半足分の14センチかで悩んだのも無理はなかった。スプリント学会の高野進会長も「普通は1足か、半足なんです。そこまで繊細にしたんですね。4分の1足分なんてもう誤差の範囲ですね」と、飯塚の判断に驚きの声を上げていた。

 一方、飯塚からバトンを受ける3走の桐生はおおらかだった。飯塚が「桐生は盛り上がると速くなる。予選は余裕があったから、(前に出る)気持ちが強くなると思った」と、桐生のイケイケの思考を読み取り、桐生も迷わず4分の1足分長くすることを即決。桐生は「飯塚さんは先輩ですけど、もう飯塚さんを置いて行く感じで思い切って出ると。練習でもバトンミスは0でした。7センチ伸ばしても、飯塚さんは渡してくれるって、信じてました」と、あっけらかんとした振り返った。

 そんな桐生の若々しいコメント聞きながら、バトンを渡した飯塚はところどころ記憶をなくしながらのバトンパスだったと振り返った。「桐生の背中しか見えなかったんですが、その背中から桐生の気持ちが伝わってきました。気が入っているのが良く分かりました。半身でギリギリでした。転んでも渡そうと思って。それに、(桐生がバトンを受けようと手を挙げている時間を)長く走らす訳にはいかないなと」。必死な思いで後輩にバトンを届けたのだった。

 最終バトンリレーは、3走桐生からアンカーケンブリッジ飛鳥へ。この2人は半足分、伸ばすことであっさり決まっていた。桐生は「僕はテンション上がると速くなる。ケンブリッジさんに追いつける自信ありましたし、追いつけるかなって、ケンブリッジさんに思わせるわけにいかない。『絶対に追いつきますんで』って、伝えてありましたから」と、若さと勢いと、気合の「半足」で勝負に出たことを、楽しそうに振り返った。受け取ったケンブリッジは「決勝は伸ばせると思ってました。迷わず半足でした」と、2人の間では即決だったと明かした。

 会場では、実際に飯塚が半足だけ左足を前にだし、さらにその半分だけ測りながら足元の位置を決めていく実演をして、場内の高校生、大学生の選手、指導者は食い入るように見詰めていた。