私が思う今年のスポーツ界を象徴する出来事を、3つほど挙げたい。

 8月、陸上のドイツ選手権。男子走り幅跳びでマルクス・レーム選手が8メートル24センチの記録で優勝した。この優勝が今、陸上界に大きな衝撃を与えている。このレーム選手は義足の足で踏み切ってジャンプするパラリンピアンで、しかも8メートル24センチという記録は12年のロンドンパラリンピックでは当然金メダルに当たり、五輪でも銀メダルに相当する記録だった。いよいよパラリンピアンがオリンピアンに勝つ日が近づいているのを、実感した出来事といっていいだろう。

 9月、テニスの全米オープン。日本人が4大大会で決勝に残る日がくるとは思ってもいなかった。錦織圭選手は、日本人には難しいと思われていたテニスの4大大会で、初めて準優勝に輝いた。その後もさまざまな大会で活躍するなど、完全に世界を舞台に勝負している。その姿をみて勇気づけられた人も多い。また、かなり早い段階で海外に舞台を移して活躍した、新しいアスリートのロールモデルにもなったと思う。

 11月、フィギュアスケートのグランプリシリーズ中国杯。練習演技の途中で、羽生結弦選手がほかの選手に激突し、脳振とうと疑われる状態になった。それでもフリー演技に羽生選手は出場した。脳振とうの状態で同じ衝撃がもう1度あると、致死率50%ともいわれる「セカンドインパクト」の危険性がある。将来を考えれば制止すべきという一方で、感動したという声も少なからずあった。

 スポーツの役割は何だろうか。100人いれば100個のスポーツの意義があるともいわれているが、あえて私が今年を総括して伝えたいのは、良くも悪くもスポーツには世の中の意識を変える力があるということだ。

 初めて野球の野茂英雄さんがメジャーリーグで三振を取った時、私は衝撃を受け、自分も世界で勝負すると急に思い立った。一方スポーツの現場で長時間練習をして、それを美談として扱う社会では、やはり身を犠牲にして働く長時間労働も美談として扱われやすい。スポーツが社会の状況を象徴し、またスポーツが社会にも影響を与える。

 スポーツ自体には善も悪もないと私は思っている。スポーツを何のために、どう扱うか。2020年を控え、日本がスポーツの現場で考えなければならないことは、「何を善とするか」ではないかと今年は思わされた。(為末大)