選手を見ている。先日、再会したあるコーチが言った。

「何をしたらいいか理解した選手はひとりになります。まだ理解できていない選手は群れますね」

ファームを担当している。基本的に技術的なことは教えないという。それよりも、モチベーション。今や、どの球団も育成を含め選手数が大幅に増えた。2軍でも公式戦に出るには、チーム内競争を経なければならない。そこで敗れたら、3軍戦や練習試合もあるとはいえ、実戦そのものが遠のく。1軍は言うまでもない。いかにやる気を保たせるか。そこに注力するという。

それでも、2軍である。技術指導は欠かせないのでは? そう尋ねたら「どうすれば良くなるのか。自分で気付くように仕向けます」。教えすぎない。実際はお膳立てされたものであっても、自ら得たと思える気付きの方が効果が大きいということなのだろう。その結果「こうすればいいんだ」と理解した選手は、ひとりになる。周りにあわせて練習する必要がない。だが、分からないままだと不安だし、そもそも、ひとりではやりようもない。だから、他の分からないままの選手と群れる。

記者にも同じことが言える。どう取材したらいいか理解していれば、ひとりで動く。理解していなければ、とりあえず周りにあわせる。それで、つかの間の安心を得る。

他の仕事でも同じではないだろうか。

スポーツライターの藤島大さんの新著「事実を集めて『嘘』を書く 心を揺さぶるスポーツライティングの教室」に、こんなことが書かれてあった。中島らもさんの「『教養』とは学歴のことではなく、『一人で時間をつぶせる技術』のことでもある」(「今夜、すべてのバーで」)という言葉を紹介し、こう続ける。

「ひとりで時間をすごすのは孤独でしょう。でも、ひとりはいい。スポーツライターや新聞記者も試合はひとりで見るべきです。第2章で詳しく解説しますが、記者席で多弁の人はなにかをなくしている。

そういえば、エディー・ジョーンズ(元ラグビー日本代表ヘッドコーチ)も話していました。日本の複数のトップ級チームのリクルーターが選手獲得のために大学の練習試合に足を運ぶ。すると元選手が多いために、みな、つるんで見る傾向があるんです。『彼らは絶対によくない。選手を見るときは必ずひとりでなければいけない』と。

まったく同感。ここにも教養が関係すると察します。ひとりで時間をつぶせる技術、この場合ならじっと見つめて、その人の未来を想像する力がないので隣の旧友と話したくなるのでしょう。ひとりの自分を信じていないのかもしれません。

記者やライターも同じです。ひとりでないと感受性は働かず、脳もぐるぐると回ってくれない。原稿を書くときは、ひとりなのですから」

くだんのコーチの視線の先には、合同自主トレに汗を流すルーキーたちがいた。合同だから、もちろん、みんな一緒。その様子をひとりで見ていた。1年後、どの選手がひとりになっているだろう。

やる人も、見る人も、伝える人も、孤独の先に真価が現れる。【古川真弥】

ラグビー日本代表エディー・ジョーンズヘッドコーチ(2024年1月撮影)
ラグビー日本代表エディー・ジョーンズヘッドコーチ(2024年1月撮影)