この暑さの中、4時間半に及ぶ戦い。6月26日、日曜日。甲子園が最後、歓喜の叫びに包まれた。延長11回裏、熊谷のサヨナラヒットが出た。これで中日戦3連勝。阪神はまだまだ熱いし、しばし暑さを忘れた?(それはないか)…。

そんな中、僕は3番近本に注目していた。サヨナラになったそのイニング、彼はバントを失敗して、結局三振に倒れた。これはいただけない。しかし、この日も先制打を放ち、連続試合安打は「23」に伸びた。記録が大好きな僕にとって、大きな楽しみができた。そうです。日本記録にあと「10」試合。カウントダウンに入ったのである。

記録は破られるためにある…というけれど、今後、塗り替えることのできないと思えるレコードは存在する。例えば王貞治の通算本塁打数、金田正一の通算勝利数、さらに稲尾和久のシーズン42勝。これらは永遠に残る記録だろう。でも最も身近で、破られてもおかしくない日本記録がある。それが連続試合安打だ。毎シーズン、誰かが挑戦してきた。だが、ことごとく敗れてきた。その記録こそ、近くに見えて遠いもの。記録保持者は広島時代の高橋慶彦です。

1979年のことだから、もう43年も前になる。まさかこの記録が43年も破られなかったことが驚きなのだが。やはりそれほど価値あるものなんだろう。

赤ヘル番だった頃、高橋をよく取材した。イケイケの代表的プレーヤーで、僕も取材でよくトラぶった。書いた記事が気にいらない…と、僕の自宅に来たこともあった。話せばわかってくれたが、直情型のヨシヒコ、よくもまあ33試合も続けて、気持ちを高めてプレーできたものだ、と感心する。

「二十数試合、続けてヒットを打っているな、と気がついてから、意識したけど、そんな記録より、試合に出続けるということだけが、当時の思いやった。それが結果につながったということ」。後年、高橋は振り返っていたけど、記録が途絶えたのは阪神戦だった、と本人は覚えていた。ゲーム中、死球を受け、それが原因となり、記録は33試合で止まった。「確かそういうことやったと記憶しているけど、やっぱりけがは怖いよね」。その記録は43年後も日本最高として残っている。改めて続けて安打を打つ、毎日、コンスタントに打つ難しさが浮き彫りになる。

果たして近本はどこまで近づけるのか。野球あるある…で、こういう記録がクローズアップされ、過去のデータを調べ始めると途絶えることが非常に多い。だから静かに見守るつもりだったが、可能性の高い打者だけに、黙っておれなくなった。

チーム事情があり、3番を打つ。僕はリーグで最高の1番バッターとみているので、この打順には違和感しかないのだが、その並びでも近本のヒットメーカーぶりに変化はない。クリーンアップを任されたからには大きいのも欲しいといった考えは見当たらない。それが珍しい数字に表れている。現在、規定打席に到達しているセ・リーグの打者の中、ホームランが「0本」が2人いる。中日の岡林と近本だ。クリーンアップを打つバッターが本塁打0。これは極めて珍しい。

もちろん近本には本塁打を打てるパンチ力がある。しかし、それ以上に広角にヒットゾーンに打てるバットコントロールがある。リーグの最多安打をひた走る方が近本に似合っているし、本人も自覚しているに違いない。

大きいのは後ろを打つ佐藤輝、大山に任せればいい。役割ははっきりしている。ヒットを重ね、多くの得点に絡む。これがいまの「阪神の3番」の仕事と割り切っているはず。だから、僕は限りなく「33」に近づくとみているし、43年ぶりの記録更新の可能性を近本に感じている。

首位ヤクルトに大きく離され、正直、優勝は厳しい状況だし、まずはCS進出へ2位、3位を標的にして戦ってもらいたい。そういうチームとしての戦いとは別に個人記録に目を止めて、それを楽しみにするのも、野球ならでは。そういう意味では、さしせまったターゲットが近本のこの記録。これを書いている段階であと「10試合」。ケガのないようにして、43年ぶりのヨシヒコ超え、大いに期待している。(敬称略)【内匠宏幸】 (ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「かわいさ余って」)

阪神対中日 1回裏阪神無死一、三塁、近本は先制適時二塁打を放ちポーズを決める(撮影・上田博志)
阪神対中日 1回裏阪神無死一、三塁、近本は先制適時二塁打を放ちポーズを決める(撮影・上田博志)