訂正させてほしい。前日、ロハスが登録抹消でアルカンタラを登録。佐藤輝明を再昇格させると決まった時点で「最後の戦いに挑む最終形」と書いた点だ。

藤浪晋太郎を忘れていた。というか書き切れなかった。ここも独断と偏見で言わせてもらえば、16年ぶり優勝へ向かう最後の戦いに藤浪は必要だと思う。

「なぜ」「そうか?」と言う虎党も多いだろう。長い不振。期待が大きい分、がっかりさせる。この日も優勝のかかったウエスタン・リーグで先発。それほど乱れはしなかったようだが、スッキリ勝ち星をもぎ取ることはできなかった。

だけど「あかんかったな。藤浪」と言うとき、いつも自分を振り返ってしまう。周囲の期待通り、生きてこれたか。しっかりやれたか。同じ失敗を繰り返さなかったか。恥ずかしいけれどそんなことばかりだ。

藤浪のような著名人とは違い「栄光」はなくても人生、思うようにいかない「苦悩」の部分では誰にも同じ経験があるだろう。そして藤浪ほど「栄光と苦悩」を世間に露出させている選手もいないと思う。

阪神自体がそうではないか。12球団一とされる人気球団だが巨人に比べ誇れるほどの実績はない。日本一は過去に1度だけ。開幕前は期待されるが、ほとんど無念の結果に終わる。そして我々、メディアや虎党が文句を言う。藤浪が阪神そのものを体現しているような気もするのだ。

それでも藤浪への期待は消えない。高校野球のスターからドラフト1位で迷うことなく阪神に入団、活躍した過去だけではない。メジャー並みの速球。五輪選手にも引けを取らない身体能力。他人にマネのできない「力」があるからだ。

佐藤輝明も同じだ。昇格したこの日、球場を沸かせた。きわどい飛球が本塁打からリクエストでのファウル判定。それだけでこんなにワクワクさせるのは、やはり彼の持つ「力」だ。

優勝にはそんな「力」の持ち主が必要だ。藤浪をどこで使うのか。ローテーションの谷間。ブルペン。敗戦処理。それでも「藤浪」の名前がコールされるとゲームの気配が変わるだろう。ズバリ言えば“はったり”でもいいではないか。

「ムード変える」と円陣で言った佐藤輝に指揮官・矢野燿大も「そういうピースになってくれたらな、と思う」と話した。そう、ムードだ。その流れで最後に「藤浪昇格」ではないか。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)