大体大浪商・中村好治監督(69)は悔しさをあらわにした。大阪桐蔭を相手に2度、あと1点まで追い上げたが届かなかった。

「三度目の正直だったんですけどね…。西谷監督には負けたくなかった。今回も1点差。またですね。桐蔭さんは風格がある。でも接戦をしていくと、歯車を狂わすことができる。向こうもアレ? と思ったんじゃないですか。同じ高校生ですから、そういうこともあるんですよ」

大阪桐蔭には個人的にも思いがあった。三重を率いた14年夏の甲子園決勝で3-4と惜敗。三重の総監督になった18年センバツは準決勝で延長12回の末に2-3でサヨナラ負け。愛知啓成では対戦がなかったが、就任後すぐに訪れたリベンジの機会で、また1点差の接戦を演じた。

今年7月で愛知啓成の監督を退任。初めて母校に戻り、監督に就任した。2カ月間でチームを作り、久しぶりに身を包んだ「NAMISHO」のユニホームで臨んだ初の大会。5勝して大阪8強入りを果たした。

大阪桐蔭と接戦ができたとはいえ、今度こそ「あと1点」を埋めるチームを作るつもりだ。「うちの選手はまだまだ体力がないですね。厳しい練習をする体力がない。伝えなきゃいけないことはたくさんある。夏は戦えると思います」。来年2月で70歳。敗れてなお、勝負師の炎をたぎらせた。【柏原誠】

◆中村好治(なかむら・よしはる)1954(昭和29)年2月24日生まれ、大阪府出身。浪商(現大体大浪商)、専大、鐘淵化学、神戸製鋼でプレー。日章学園(宮崎)を率いて02年夏の甲子園出場。06年から三重中京大のコーチ、監督。楽天則本らを指導した。14年に三重の監督になり、同年夏の甲子園で準優勝。19年から今年7月まで愛知啓成の監督を務めた。