日大山形のエースが東京6大学の門をたたく。最速147キロ右腕・菅井颯投手(18)が法大に合格。12日、学校の休み時間に合否をスマホで確認し「身が引き締まりました」と背筋を伸ばした。東京6大学で最多46回、全日本大学野球選手権歴代最多8回の優勝を誇る伝統校で、今夏甲子園の悔しさを胸に「頼られるエースになりたい」と意気込んだ。
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「今でも、あの試合は見たくないです(苦笑い)」。今夏甲子園で菅井はおかやま山陽(岡山)戦に先発。12安打8失点(自責5)と試合をつくれず、6回途中で降板した。「今年、打たれて降板したというのが、練習試合を含めて初めてだった。マウンドからベンチに帰るときの光景は今でも忘れられないです」。1年の夏、スタンドから眺めた夢のマウンドは、悔しく、ふがいない結果に終わった。
山形に帰ってから、悔しさと向き合い、試合の映像を確認。菅井は「フォームにばらつきがあったし、体も全体的にふわふわしていた。それがすべて」と厳しく振り返った。その反省から、現在は体づくりとフォーム改良に注力している。菅井といえば、ロッテ佐々木朗希投手(22)を思わせる、足を高く上げたダイナミックなフォームが印象的。2年冬に「勢いをつけようとして、高く足を上げることにしました」とフォームを習得。「春から夏はそのフォームが良かった」と振り返るように、春は県準決勝・羽黒戦で7回をノーヒットノーラン。夏は初戦から33イニング、455球を投げ抜き、チームを2年ぶりの聖地に導いた。
だが甲子園では、そのフォームがブレてしまった。菅井は「足を上げると、後半に制球力が落ちる。体の使い方をもっとコンパクトにした投げ方にしたい」と、太ももを高く上げず、地面と平行になったところで止めるフォームを現在試している。「ピッチングにメリハリをつけることができていなかった。しっかり右の股関節に(体重を)乗せて投げることを意識しています」。今月7日にはブルペンで20球を投じ、「体がちょっと強くなったと感じました。まだ腕が慣れていないので、これから投げて慣らしていかないと」と試行錯誤の真っ最中だ。菅井は「厳しい争いの中で勝てるようなフィジカルと、良いボールを投げられるようになって頼られるエースになりたい」と力を込めた。自分のフォームを確立し、神宮のマウンドを守り抜くエースになる。【濱本神威】
◆菅井颯(すがい・そう)2005年(平17)8月13日生まれ。山形県鶴岡市出身。鶴岡ドリームスで小4から野球を始め、鶴岡五中では軟式野球部でプレー。日大山形では1年春からベンチ入り。3年夏はエースとしてチームを2年ぶり19回目の甲子園出場に導いた。184センチ、82キロ。右投げ左打ち。

