伝統の強打で23年ぶりの8強入りを果たした。花咲徳栄(埼玉)が日本文理(新潟)に17-0と大勝を収め、準々決勝に進出した。打線は3回の4得点で口火を切り計14安打17得点と大爆発。夏の甲子園優勝経験のある岩井隆監督(56)の次男、岩井虹太郎内野手(3年)が4安打、1打点とチームをけん引した。智弁学園(奈良)は、最速149キロ左腕の杉本真滉(まひろ)投手(3年)が神村学園(鹿児島)を相手に10回1失点の完投勝利を収めた。
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リードオフマンの岩井が強打の“花咲徳栄”復活をけん引した。初回に中前打を打つと「ちょっと気が楽になった」。4回には先頭で左前打を放つなど2本のヒットで打者一巡7得点の火付け役になった。8回には無死二、三塁から右前適時打でチーム14点目。「今まで4安打は記憶にない」と6打数4安打1打点の大暴れだった。
初戦無安打の悔しさが岩井の原動力になった。「(初戦は)緊張して何を打てばいいかわからなかった。気持ちが空回りした」。2回戦に向けすぐに修正した。「足を上げた時に力が入りやすく体が開くので姿勢よく構える。特に右手は力を抜いて支えるだけにした」と修正。打席では少し前に立ちタイミングを早めにとり、軸足のためを作りボールを見た。「今日はボールを上からたたきました」と、結果を残した。
小さい頃から、父は尊敬する存在だった。「いつもは優しい父が、野球になると人柄が変わるんです」。幼少時からよく応援に足を運んだ。勝負に徹し、攻める姿勢の父はかっこよかった。「お兄ちゃんも父と一緒に甲子園に出ていたので、自分も挑戦してみたいと思った」と、花咲徳栄入学を決めた。
入学後は、監督と選手の関係に徹した。岩井隆監督(56)は「厳しくすることも特別扱いになる。あくまでいち生徒として扱っています」と話しながらも「(虹太郎は)私とそっくりで喜怒哀楽がはっきりしていて負けず嫌い。怒る場面と褒める場面、言う時と言わない時は使い分けています」と、目に見えない絆が岩井親子を支える。
末っ子に岩井家の夢を託す。「お兄ちゃんお姉ちゃん、私と嫁がいる。(末っ子の次男に)みんなのいいところが出ればいいかな、と思ったので」と“虹太郎(こうたろう)”と名付けた。虹のように、岩井家を、そして1番打者としてチームが歩く希望の道しるべとなる。【保坂淑子】
◆岩井虹太郎(いわい・こうたろう)2008年(平成20)8月14日、埼玉県所沢市出身。幼稚園から野球を始め、清進小で所沢ライノーズ、向陽中時代は狭山西武ボーイズでプレーした。家族は両親。姉、兄。尊敬する人は巨人石塚。174センチ、76キロ。右投げ右打ち。
【主な監督父子】
◆本塁打 東海大相模・原貢監督の長男辰徳が75年春決勝(対高知)、聖光学院・斎藤智也監督の次男英哉が10年夏3回戦(対履正社)、東海大相模・門馬敬治監督の次男功(こう)が21年春準々決勝(対福岡大大濠)で本塁打。
◆優勝 49年夏の湘南・佐々木久男監督と信也(元プロ野球内野手)、13年夏の前橋育英・荒井直樹監督と海斗(主将)、21年春の東海大相模・門馬敬治監督と功の例がある。05年春優勝の愛工大名電は倉野光生監督の次女智加マネジャーが記録員でベンチ入り。
◆完封 04年夏の千葉経大付・松本啓二朗は富山商を完封。父の松本吉啓監督は桜美林時代の76年夏に日大山形を完封した。
◆140発男 23年夏の花巻東・佐々木麟太郎は佐々木洋監督の長男。当時高校通算140本塁打を誇り、宇部鴻城戦では3安打&敬遠。智弁学園戦でも3安打。
◆埼玉県勢最多得点 花咲徳栄の1試合17得点は春夏を通じ埼玉県勢の最多タイ。03年夏の聖望学園17-4香川西、13年春の浦和学院17-1済美に並び、17点差は浦和学院の16点差を更新する県勢最多。

