<高校野球大分大会:大分商17-2大分上野丘>◇23日◇決勝◇別大興産スタジアム

 古豪復活だ!

 大分大会決勝は大分商が大分上野丘との伝統校対決を制し、97年以来16年ぶりとなる15度目の出場を決めた。2年生エース左腕、笠谷俊介が獅子奮迅の活躍を見せた。130キロ前後の直球とスライダー、カーブ、チェンジアップで翻弄(ほんろう)。こん身の157球目。最後の打者をスライダーで空振り三振に打ち取ると、天を仰いで両手でガッツポーズした。

 今夏は全5戦に先発。前日22日の準決勝、大分戦でも173球の完投勝利を挙げるなど計38イニングで615球の熱投だった。試合後「きつかったです。肩が上がらない」とうなった。だが悲願を達成し「甲子園では相手がどこでも勝つ。(過去最高の)8強超えを狙う」と目を輝かせた。

 2失点完投だけではない。打っても3打点と暴れた。2回に先制、9回にダメ押しの2点適時打を放った。各県単独代表制となった76年以降の大分大会新記録となる決勝の1イニング13点、計17点の大勝にも貢献した。

 意地と執念でもあった。大分上野丘のエース梅木大哉(2年)とは小5から中学まで同じチームでしのぎを削った仲。中学時代、エースの座を奪われたライバルだけに「絶対負けたくなかった」と並々ならぬ闘志を燃やしていた。それだけではない。準決勝で左足の靱帯(じんたい)を損傷し、痛みをこらえて強行出場した水口敬太捕手(3年)のためにも負けられなかった。渡辺正雄監督(40)も「エースの風格がある」と絶賛。次は全国舞台で名門の力を証明してみせる。【菊川光一】

 ◆笠谷俊介(かさや・しゅんすけ)1997年(平9)3月17日、宮崎県生まれ。幼稚園時に大分に引っ越す。野球は小4時、富士見ネイチャーズで始め、小5から投手。稙田西中では七瀬ボーイズに所属。中3で全国大会出場権を得たが、東北大震災の影響で中止になった。大分商では1年夏からエース。左投げ左打ち。172センチ、62キロ。血液AB型。家族は両親、姉3人。

 ◆大分商

 1917年(大6)開校の男女共学県立校。商業科、国際経済科、情報処理科に829人(うち女子650人)が学ぶ。野球部の創部は21年(大10)で、部員45人。甲子園出場は春5回、夏は15回目で過去最高成績は8強。主なOBは広島小野淳平、巨人岡崎郁2軍監督ら。大分市西浜4の2。津田政之校長。◆Vへの足跡◆2回戦8-1宇佐3回戦5-0別府商準々決勝7-0大分雄城台準決勝7-6大分決勝17-2大分上野丘