ある日の練習後だった。室内練習場のベンチに座る涌井秀章投手(26=西武)に聞いた。あなたが持つ宝刀とは何か? と。涌井は少しだけ考えて答えた。「分かりませんね。特に何もないです。…」。言葉だけを見れば、素っ気ない返答に思うだろうか。だが、実は本質を端的に突いているように映る。

涌井の最大の武器は剛球や変化球ではなく、投球スタイル。陶器を1つ1つ作り上げる職人のように、淡々とアウトを重ねる姿勢にある。試合が終わっても、派手なガッツポーズもなければ、雄たけびも上げず。何事もなかったかのように、チームメートとハイタッチを重ね、仕事場を去る。この姿勢が、何より侍ジャパンの力になる。

そんな投球スタイルを支えるのが、多彩な球種といえる。持ち球は直球、チェンジアップ、フォーク、カーブ、シュート、スライダー。封印中のカットボールを含めれば、7つの球種を操る。中でも、武器のシュートは球界でもオンリーワンのボール。女房役の炭谷は「回転が真っすぐに見える。球のスピンが多いから回転が見えないだけかもしれませんが、それは涌井さんだけ」と証言する。

ポーカーフェースに見えても、心は熱く、一切の妥協を許してこなかった。昨季、シーズン途中から守護神を任されたのも「あの状況で任せられるのはワクだけ。ワクならやれると思った」(渡辺監督)。約5分間の対談で、未体験だった大役を引き受ける潔さと覚悟。侍ジャパンでも、適応力の高さから、ポジションを問わず、フル回転が期待される。

1つの完成品を仕上げるために、職人は納得するまで作り直すが、涌井も過酷な練習を重ね、体を作り上げる。今オフも千葉県内のグラウンドで徹底的に走り込み。100メートル50本など、1日計4キロ以上に及んだ。同行した炭谷が「えぐかった」と絶句するほどだった。北京五輪、第2回WBCを合わせ、プロでは3度目の国際大会を迎える。「前回は先発にこだわってましたけど、今回は便利屋で」と身を粉にする覚悟。大舞台にも動じず、目の前の仕事に徹する。【久保賢吾】