ロッテ鳥谷敬内野手(40)が現役引退を決断した。球団が10月31日、発表した。移籍2年目の今季は39歳9カ月で遊撃手最年長開幕スタメンを勝ち取りながら、32試合出場で打率1割7分。7月6日に出場選手登録を抹消されてからは2軍調整が続いていた。阪神16年間、ロッテ2年間で通算2099安打。プロ野球歴代2位の1939試合連続出場も達成したスター遊撃手が、18年間の現役生活に幕を下ろす。
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鳥谷が決断を下した。18年間の現役生活に別れを告げ、ユニホームを脱ぐ。この日、球団に意思を伝えた。
移籍2年目の今季は新外国人エチェバリアの来日遅れ、藤岡の不振などが重なる中、開幕遊撃スタメンを勝ち取った。5月25日には603日ぶりの甲子園で古巣阪神を相手に代打タイムリーを放ち、ファンから大歓声を浴びた。前半戦は13試合に先発出場。ただ6月以降は調子を落とし、7月6日に出場選手登録を抹消されていた。
19年限りで阪神を退団。20年3月、春季キャンプ不参加の状態でロッテに電撃加入した。
「もちろん試合に出たい。でもチームを強くする上で球団や監督、コーチが求めているモノも考えないといけない。レギュラーを刺激する選手がいないなら、それになってやろう、と」
移籍1年目からベンチを温める日々が続いた。それでもハードな練習を怠らず、若手からの相談には余すところなく経験を伝えた。
「自分が今できることは、試合に出る人を気持ちよく送り出すこと。出ていないおじさんが楽しくやっているのに、出ている選手が楽しくできないわけないでしょ、ということを見せたかった。その上でチームの勝ち負けにさほど影響がないとしても、この年齢でもこれぐらいできるんだ、という刺激を与えたかった」
練習中は当たり前のようにフルメニューをこなし、時には大声で盛り上げ役も担った。慣れない一塁守備も笑顔で受け入れ、20歳近く年が離れた若手の一挙手一投足に熱くなった。2軍降格後もロッテ浦和で球界屈指の練習量をキープ。その道のりに悔いはない。
「自分には周りを幸せにする技量もないし、何もない。みんなが失敗しないように、今まで経験した成功例、失敗例を伝えるぐらいしかできない」
謙虚に、懸命に役割を模索し続けた2年間。伝え続けた言葉の数々は今、後輩たちの血となり肉となっている。
チームは今季、シーズン最終章まで優勝を争い、51年ぶりにマジックも点灯させた。阪神、ロッテで一時代を築いたレジェンドは仲間の躍動を見届け、万感の胸中で新たな挑戦に向かう。【佐井陽介】
<ロッテ鳥谷 引退コメント>
阪神で16年、
ロッテで2年。
いろいろな人と出会い、
いろいろな人に支えていただき、
ここまで現役をすることが出来ました。
今は感謝の気持ちで一杯です。
今シーズン、
チームが調子のいい時も悪い時もあった中で、
力になることが出来ず、
ユニホームを脱ぐことを決断しました。
チームがまだ日本一を目指している時期に
個人的なことを発表させていただき
申し訳ありませんが、
ご報告をさせていただきます。
この18年間は苦しい時もありましたし、
いい時もありました。
その時間すべては
周りの人の支えがあってのものです。
皆様の支えと応援のおかげで
試合に出続けることが出来て、
プロ野球選手 鳥谷敬の形を作れたのだと思います。
感謝しかありません。
18年間ありがとうございました。
◆鳥谷敬(とりたに・たかし)1981年(昭56)6月26日生まれ、東京都出身。聖望学園3年夏に甲子園出場。早大2年春に東京6大学史上最速タイで3冠王に輝いた。03年ドラフト自由枠で阪神入団。04年9月からの1939試合連続出場はプロ野球2位、667試合連続フルイニング出場は遊撃手記録。17年9月に通算2000安打を達成した。19年限りで阪神を退団し、20年3月にロッテ入団。13年WBC日本代表。ベストナイン6度、ゴールデングラブ賞5度。180センチ、79キロ。右投げ左打ち。



