第2回大会も秋田出身のレジェンド2人による始球式で幕を開けた。ヤングリーグの山田久志会長(77=日刊スポーツ評論家)の出身地に東日本ブロック所属の8チームが集まった。今年も打席に立った俳優・柳葉敏郎(64)に日本球界最高のアンダースローが白球を投げ込んだ。「自分のいいところ」をキーワードに、選手、指導者にメッセージを送った。大会は南東北ヤングBCが初優勝した。
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秋田県内には秋田ヤングと秋田B3Sヤングが加わりヤングリーグ所属が3チームになった。これに、北日本支部の3チーム、東、西関東支部から各1チームが参加した。全8チームの小さな大会だが、アットホームな雰囲気が球場を包んだ。入場した選手の立ち位置を示すマークは、大仙の花火(もちろん火薬抜き)に毛筆でチーム名が書かれた特注品。当日夜は日本3大大会「大曲の花火」が開催されるとあって、行進が終わると右翼後方に、記念花火が打ち上げられた。
あいさつに立った山田会長は「大好きな秋田」と故郷への思いを込めながら、選手たちに「自分のいいところを伸ばすのが上達の近道」とメッセージを送った。その後の始球式は、プレート板から流麗なアンダースローでストライクゾーンに投げ込んだ。下手投げながら全盛期は速球派。現役終盤はそのフォームを生かして、右打者の内角に沈む、シンカーを武器に284勝を挙げた。
「唯一無二」の右腕に、少年時代初めて自覚した「自分のいいところ」を聞くと「足が速かった。1番サードだったんだよ」。ところが、能代高2年の夏、自分のエラーで甲子園を逃し、野球をやめる寸前まで落ち込んだ。一方でバネのある美しい走り方に投手としての素質を見込んでいた当時の監督は、転向を決断した。
伝説の始まりを振り返りながら、開幕戦を見守った。秋田大仙ヤングの先発・倉田皐矢主将(3年)が4回まで無安打無失点ながら、5回につかまり逆転負けした。「完全試合だったのにわからないね。秋田大仙は1年でずいぶん力をつけたよ」と、伸び盛りの選手たちに拍手を送っていた。【久我悟】
▽秋田大仙・倉田皐矢主将(3年=先発して4回まで無安打無四球も5回途中に5失点で降板)「悔しいです。いつもより調子がよかったけど、球威が落ちてしまいました」
<山田久志氏あいさつ>
私の大好きなふるさと秋田で、この大会が開催されることを心からうれしく思います。
日ごろから野球に取り組むみなさんに伝えたいことがあります。だれもが、自分の悪いところ、足りないところを探しがちです。それは意外に「伸び」を遅くします。まず、自分のいいところを伸ばす。それがチームのためになることを心に刻んで、日々の練習や試合に臨む。それが、自分の力を伸ばしていく近道であり、チームへの貢献につながります。この大会でも、まずは自分のプレーを目いっぱいする。チームの仲間と同じ目標に向かって突き進んでください。
そしてもう1つ、みなさんがここに立っている、野球できることへの「感謝」を忘れることなく、戦い抜いてください。
最後に秋田でもヤングリーグのチームが増えてきました。チーム同士の交流を深めて、切磋琢磨(せっさたくま)して、自分たちのチームを強くしていく。先輩は後輩の面倒をどんどんみて、チームの力になってもらう。そういうチームを育ててもらいたい。野球を愛して、野球を好きになって、がんばってください。



