<ソフトバンク1-0中日>◇13日◇福岡ヤフードーム

 ソフトバンクに柳瀬明宏投手(28)が帰ってきた。3年ぶりの1軍マウンドは1点リードの7回2死二塁の厳しい場面。「声援がうれしかった。プレーボールがかかると緊張しました」。谷繁にいきなり四球も、続く高橋周を3球で追い込み、最後は130キロフォークで空振り三振を奪った。4年ぶりのホールドを挙げ、ガッツポーズでベンチへ。後ろから同期7年目の本多、松田が笑顔でハイタッチしてきた。

 新人だった06年、西武とのプレーオフで2勝を挙げるなど4年間で87試合に登板した。ハートの強さを知る秋山監督は「結果を出した。いい状態にある。1軍で投げてもらうために戻ってきている」と迷わず起用した。馬原、ファルケンボーグ抜きの戦いで中継ぎ陣は疲弊している。岩崎は交流戦限定の配置転換。柳瀬への期待は大きい。

 かつてのセットアッパーも、2度の右肘手術を受けた10年に育成選手となった。背番号も「56」から「131」へ。2度目は側副靱帯(じんたい)再建術(通称トミー・ジョン手術)。「投げたくても投げられない。自分の腕じゃないみたい」。1軍の試合を見ることも減り、孤独な戦いが続いた。そんな絶望から救ったのが、一緒にリハビリに励んだ新垣と斉藤リハビリ担当コーチだった。7日に再び支配下登録された時、斉藤コーチは電話先で自分のことのように喜んだ。背番号は「54」に軽くなった。

 新垣と2人で立ったお立ち台。涙は我慢した。「まだ僕のことを覚えてくれているファンもいると思う。これからもっともっと投げていきたい」と頼もしく復活宣言した。【石橋隆雄】

 ◆柳瀬明宏(やなせ・あきひろ)1983年(昭58)7月8日、広島県出身。如水館3年の夏、甲子園出場。龍谷大から05年大学・社会人ドラフト6巡目でソフトバンクに入団。1年目から中継ぎで活躍した。176センチ、78キロ。右投げ右打ち。