スポーツ記者なのに、自分の世界からスポーツが消えてどれぐらいだろう。新型コロナウイルス感染拡大防止で外出自粛、自粛。家にこもり、今までのつながりをたどって電話、オンラインで取材の日々が続く。

そんな非日常の中で悪くないこともある。日刊スポーツのウェブ上で連載しているボクシングの「一撃」で、元WBC世界スーパーフライ級王者徳山昌守氏(45)と久々につながった。妙に意気投合し、世界王座奪取前からプライベートも含めて密に接してきた。それが最近は会う機会がなく、遠い存在になっていた。今回の企画をだしに連絡をとると「うわぁ、久しぶりっすね」と変わらず、明るい感じで応じてくれた。

元世界王者らに自身の最も印象に残っている「一撃」を語ってもらう企画。徳山氏は「パッキャオのマルケス戦とかあるけど、自分のでいえばやっぱり、あの右」。話しているうちに19年前の刺激的なソウルの夜がよみがえってきた。

01年5月20日、王者徳山2度目の防衛戦は敵地だった。ベルトを奪ったチョ・インジュとの再戦。試合そのものに加え、朝鮮半島の南北統一問題が動いていた時代。朝鮮籍の徳山がソウルで試合することが、現地の注目点だった。

仁川空港に降り立った瞬間、徳山氏は大勢の韓国マスコミに囲まれた。「政治のことは知らない。自分は試合をしに来た」。その後も緊迫感の連続だった。チョ・インジュは予定の公開練習をキャンセルするなど雲隠れ。徳山陣営も、金沢英雄会長が報道陣に突然、「ちょっと出てくれ!」。窓にタオルで目隠ししての厳戒秘密練習。実際は秘密でも何でもなく、普通の練習だったが、メンタルの駆け引きがすごかった。

その後も連載に記したが徳山氏が泊まる部屋に夜中に電話がかかったり、計量のはかりのバネが外れていたり、リングの徳山のコーナーに目つぶしのようにライトが当たるようになっていたり…(いずれも原因は不明)。記者仲間で一致したのは「判定はやばい」。

不安なスタートだった。試合後に金沢会長が「体は動かんし、どないなるかと思った」と言った通り、判定狙いの相手の思うつぼにはまりかけた。しかし徐々にペースをつかんで4回に右でダメージを与え、フィニッシュは一瞬。5回45秒、ワンツーからの右ストレートで失神KOを飾った。

記者席で興奮した。過程が刺激的だからこそ、結末はよりドラマチック。ボクシングの魅力が詰まった一戦。こんな興奮を早く、もう1度味わいたい。【実藤健一】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

WBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ 4R終了間際、徳山昌守の右がチョ・インジュにヒット(2001年5月20日撮影)
WBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ 4R終了間際、徳山昌守の右がチョ・インジュにヒット(2001年5月20日撮影)