強烈な突き押しが光り、初場所で初優勝を果たした平幕の大栄翔(27=追手風)。15日間を通して終始、取り口にブレがなかった。取組後のリモート取材でも連日、浮足立つことなく淡々と受け応えていた。優勝する力士は、実力はもちろん、15日間を戦い抜く精神力も兼ね備えている。力士はよく「1日一番」と口にするが、決して簡単なことではない。コロナ禍だからこその出来事が、大栄翔の心の支えになっていた。

史上初の無観客開催となった昨年の春場所以降、日本相撲協会は力士ら協会員に度々、外出自粛などを求めてきた。番付発表から本場所終了までの約1カ月間は原則外出禁止が続き、後援会関係者らとの食事も出来ないなど、仕方がないとはいえ、息抜きがしづらい状況になっている。

部屋を出て1人暮らしをしている大栄翔は、コロナ禍になるまで、1月の半分は焼き肉店で晩ご飯を済ませていたという。付け人や後援会関係者と行くのがほとんどで、大の肉好きが自炊する日はほぼゼロ。しかし、この状況下では焼き肉店に行けず。自炊経験が皆無の中、助け舟を渡してくれたのは師匠の追手風親方(元前頭大翔山)だった。「夜も部屋で食べていけ」と、部屋を出て暮らしている関取衆らに声を掛けてくれたという。朝稽古後のちゃんこはもちろん部屋で食べ、1度自宅に帰り、夜にまた部屋に行き、用意された晩ご飯を食べていた。

この生活は初場所中も続いていた。1人でゆっくりする時間が欲しいのではないか、と問うと「自分は人といるのが好きで、みんなで食べるのは楽しい。部屋の食事もおいしい」と声を弾ませた。思い返すと地方巡業の昼休憩中はいつも、同じ埼玉栄高の後輩の貴景勝や、貴景勝と同学年の阿武咲と一緒に仲むつまじく過ごしていたのが印象的だ。今は「だいたい剣翔関と一緒に食べることが多いですね。楽しいですよ。次は剣翔関を取材して下さいよ。本人はやる気満々ですよ」と楽しそうに話すなど、部屋での食事が気に入っているようだ。

たったのこれだけのことかと思うかもしれないが、厳しい外出自粛が1年続く中、大栄翔にとっては部屋での晩ご飯は大きな心の支えになったに違いない。まだまだ厳しい生活は続くかもしれない。それでも大栄翔には、今後も乗り越えることができる環境が整っている。【佐々木隆史】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)