元王者山中慎介(35=帝拳)が前日計量の大幅な体重超過で王座を剥奪された前王者ルイス・ネリ(23=メキシコ)と、因縁の再戦に臨んだが2回TKO負け。2回までに4度のダウンを奪われ、昨年8月にV13を阻まれた雪辱を果たせなかった。試合後に「これで終わりにします」と述べ、神の左と称された左拳を武器に5年9カ月にわたり世界王者であり続けたボクサー人生に終わりを告げた。

 強い者は優しい。山中にはその言葉がしっくりくる。「大丈夫ですか?」。取材が進み、最後に近づくと決まって聞いてくる。懇切丁寧に質問に答え続け、こちら側が満足したのかどうか、いつも気にかける。そんな周囲に対する心遣いは、昨年8月の敗戦直後にも、変わらなかった。

 本人の記憶はおぼろげだが、試合の数日後に都内の自宅近所のお肉屋で頭を下げた。「(試合会場の)京都まで来てもらい、勝てなくてすいません」。菓子折を手に、足を運んだ。自身が覚えていなくても、染みついた気の使い方。だからこそ、デビュー戦は20人だったチケット購入者が、いま東京、関西で計約1500人を誇る日本一の後援会を持つまでになった。この日両国を埋めた8500人の仲間が、宝物でもあった。

 高校で日本一になったが、専大で燃え尽き症候群に。中途半端に終わったのが、ボクシングを続けた理由だった。期待されないまま名門ジムでもがき、誰にもまねできない「神の左」を信じ続けた。29歳の遅咲きで王者になり、日本単独2位の世界王座12連続防衛を達成した。後輩への気の使い方はいまも細やかだ。苦しみを知り、己のことを信じてこられたからこそ、他人にも優しくなれる。花道を去る時に振り返り、深々と感謝の礼をする後ろ姿に、この男の強さはあった。【阿部健吾】