舞台はアルプス山麓、風光明媚(めいび)なグルノーブルだ。かつて作家のフランソワーズ・サガンが住んでいたことや、クロード・ルルーシュ監督が冬季五輪を撮った「白い恋人たち」(68年)を思い出す。

警察署では殺人捜査班長の引退を祝うささやかなパーティーが開かれている。そんな夜に事件は起きる。山あいの住宅地で若い女性がいきなりガソリンを掛けられ、焼かれた凄惨(せいさん)な殺人だ。

新班長のヨアンにとってはいきなりの大事件。だが、被害者の携帯電話が無傷だったことから身元は21歳の女子大生クララとすぐに割れ、彼女の親友ナニーの協力で疑わしい男友達の名前が次々に挙がる。解決は時間の問題と思われたが…。

クララを良き友と語るナニーに対し、男たちは奔放な女性だったと証言する。元カレのパソコンには「彼女を燃やしてやる」という事件そのままの自作ラップも残っていたが、確証は得られない。

「悪なき殺人」(19年)で注目されたドミニク・モル監督は刑事たちの日常を交えながら淡々と描くことで、しだいに迷宮入りしていく事件捜査のもどかしさを浮き上がらせる。自然光中心の抑え気味の陰影が募る不安を印象づける。

ヨアンと組むベテラン刑事のマルソーは私生活のトラブルもあって捜査の難航にいら立ち、粗暴な行動を取るようになる。誠実に事件に向き合うヨアンもいつの間にか捜査の先行きに不安を覚える。

ヨアン役のバスティアン・ブイヨンはモル組常連。抑制の効いた演技で班長の重責をにじませる。監督としても知られるマルソー役のブーリ・ランネールの演技は対照的にメリハリが効いている。相棒間の微妙な距離感に刑事同士の関わりはこんなものだろうというリアリティーがある。

そして事件は迷宮入り。その3年後、前向きな女性判事と引退したマルソーに代わる女性刑事という2人の女性の登場で再び捜査は動き始める。彼女たちの視点から、新たな容疑者が浮かび上がる。

まるで実話のような展開に否応なく引き込まれる。「未解決事件」が刑事たちにもたらす心的重圧がこれほどリアルに描いた作品は初めてで、モル監督の巧みな語り口にこちらもまるでヨアン班長のように翻弄(ほんろう)された気がした。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)