「ドラえもん」の声で親しまれた大山のぶ代さんが亡くなった。90歳だった。大山さんの声を初めて聞いたのは1960年に始まったNHKの人形劇「ブーフーウー」。子ブタの3兄弟が主人公で、ぶつぶつと文句を言う長男のブーを大山さん、何事にも一生懸命の末っ子ウーを黒柳徹子さんが担当していた。当時はまだ「声優」という職業がなく、新劇の劇団や、黒柳さんのようにNHK放送劇団に所属する俳優が声を務めていました。
大山さんは俳優座養成所の出身でした。劇団の養成所の草分け的な存在で、難関だった。大山さんは6期生で、その時の倍率は20倍以上もあった、同期には市原悦子さんや近藤洋介さんがいたけれど、約50人が合格して入所しても、厳しい授業についていけなかったり、「もう辞めなさい」と肩をたたかれる人もいて、卒業時には半分以下に減っていた。大山さんは俳優になることを父親に反対されて経済的な支援を受けられず、さまざまなアルバイトをしながら通っていた。卒業後は、養成所の先輩たちが結成した「劇団新人会」に所属し、舞台やドラマに出演していたが、「ブーフ-ウ-」をきっかけに声の仕事が増えていき、40代で「ドラえもん」に出会った。
生涯の伴侶となった砂川啓介さんと知り合ったのも、舞台「孫悟空」で共演したのがきっかけでした。おしどり夫婦として知られていましたが、長い間、公式プロフィルでは2人の年齢差は大山さんが1歳だけ年上の姉さん女房とされていました。しかし、9年前に砂川さんは、大山さんが認知症であることを公表した時に、「これまで大山さんは78歳と公表していたが、本当は81歳だった」と明かし、その理由は「結婚した当時は姉さん女房に抵抗があった時代で、うちの両親に対する(大山さんの)心遣い」と説明しました。ドラえもんの心優しいウソでした。【林尚之】




