「あゝ、荒野」「息もできない」などで知られるヤン・イクチュンが、ハードな役柄のイメージを覆し、売れないが心優しい中年詩人、テッキを演じた。ドーナツ店の青年セユンに目を奪われた時から、詩人の生活に変化が訪れる。

恋なのか、友情なのか、同情なのか、テッキが自分の心に戸惑うのと一緒になって、記者も戸惑い、ドキドキした。テッキは戸惑いはしたが、一緒にいたい、守りたいという気持ちを、空回りしながらもまっすぐセユンに向けていく。優しさと、心の奥にある激情との対比が、演技派、カメレオン俳優とも言われるヤンの繊細な表情で、鮮明になっていく。性別ではないところにある愛情の物語だと感じた。

同性に向ける恋愛感情、既婚者の恋、家族問題など、いろいろなテーマや背景がある中、忘れがちなことを教えてくれた。誰しもが、心の中に侵されたくない、詩人が言うところの「深緑の森」を持っているということ。相手にある不可侵の森を思えば、敬意を払い、尊重もできる。人間関係の物語でもあるなあ。

テッキが読む詩の声が柔らかくて、心の世界が優しく広がっていく。【小林千穂】

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