30年ぶりに本社移転するテレビ東京が先週、六本木3丁目の新社屋で初めての社長会見を行った。地上40階の最新タワーに加え、宮部みゆきら人気作家モノに取り組んだ3本の記念ドラマも高評価で、外も中身もいろいろ見違える。大型移転をすると本業の勢いが落ちるという業界ジンクスもあるが、賃貸で頑張るテレ東カルチャーは健在で、ジンクスとは無縁っぽい滑り出しである。

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 フジテレビの台場、TBSの赤坂サカスなど街ごと作るような大型移転と違い、テレ東は「住友不動産六本木グランドタワー」のテナントとして低層階の5フロアを間借りするお引っ越し。神谷町周辺の4カ所に分散していた各部署とスタジオを集約し、地デジとBS放送を一体化する。移転完了は11月7日を予定。あらかたの引っ越しは済んでおり、すでに業務は新本社で行われている。

 賃貸とはいえ、六本木にそびえ立つ地上40階のタワーは「ここテレ東?」という迫力。記者たちも「トイレの入り口が自動ドアだった」「ATMがある」「社員食堂がTBSとテレ朝を見下ろすパノラマ」など、いちいち驚いている段階だ。お祝いを言われるたびに社員が「意外と手狭で」とか「長テーブルを分け合って使っています」とか、変わらない貧乏体質をアピールしてくるのもこの局らしい。

 高橋雄一社長は「古いビルで社員一同泥くさく仕事をしてきた会社なので、まだしっくりきていない」と苦笑いするが、分散していた部署が集約されることで、社内コミュニケーションが高まると期待する。スタジオにも自信をみせる。「残念ながら一棟買いはできないが、地下のスタジオ部分は設計の段階からオーナーと折衝しながら作ってきた。性能面、信頼性、コスト面でいい結果が出ると思う」と話す。

 移転効果は早くも出ているようで、先月末から「六本木3丁目移転プロジェクト」として放送した3本のスペシャルドラマはネットの各種満足度調査でも軒並み高い評価を集めた。宮部みゆきの「模倣犯」(主演中谷美紀)、湊かなえの短編集を3本のオムニバスにした「望郷」(主演広末涼子、伊藤淳史、浜田岳)、真山仁の「売国」をドラマ化した「巨悪は眠らせない」(主演玉木宏)という本格ミステリーをラインアップ。視聴率もそれぞれ8・7%(後編)、7・9%、7・2%と、通常のドラマ枠より高い数字を記録した。

 何より「移転プロジェクトということで、今までテレ東ではなかなかお付き合いがなかった出演者の方々に出ていただくことができた」(高野学編成部長)と、今後につながる収穫を得たことが大きいようだ。映画「沈まぬ太陽」などで知られる若松節朗監督や、脚本家浅野妙子氏など、豪華な制作陣も1年かけて準備してきた。高橋社長は「いつもと少し毛色が違うものに挑戦したが、制作陣とキャスティングでしっかりしたものができると意思表示できたし、自信を深めた。視聴率的にも健闘した」と評価し「今後に勢いづかせたい」とした。

 とはいえ、ギョーカイには「大型移転をすると本業の勢いが落ちる」という都市伝説がある。94年に現本社“ビッグハット”に移転したTBSは、翌年にいわゆるTBSビデオ問題が発覚。ワイドショー番組をすべて失うトラウマを負い、一昨年まで長期低迷を経験した。97年に新宿区河田町から台場に移転したフジテレビは、日本テレビに年間視聴率3冠王を奪われた中での移転で、03年まで復帰できなかった。その日テレは、汐留に移転した04年に首位陥落。7年連続でフジに3冠王を明け渡すことになった。

 原因不明のジンクスではあるが、視聴者との距離が生まれてしまう何かしらの共通点があるのだと思う。外野目線で振り返っても、移転した年はその局からサーッと記者が消えたりする。庶民的な社屋でオープンだった組織が、巨大ビルに移ったとたん、妙な自意識であれダメこれダメと小回りが利かず内向きになり、おもしろネタが落ちていそうなオーラが漂わないのだ。活気のある局には自然と取材者も集まり、視聴者にも届く。注目されているという意識がさらに活気を生む。そんなループが、ハコの巨大化でいったん途切れがちなのだ。

 そんな視点でテレ東を見ると、もともと記者を集めることに苦労してきた局で、移転によるビフォーもアフターもない。社長会見後も、帰る記者たちに宣伝マンたちが別件のドラマ会見のチラシや新番組資料を配りまくってPRしており、別次元のたくましさである。そもそも賃貸だし、特別ドラマで弾みもつけた。妙なジンクスとは、無縁な気もする。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)