今年の報道写真の優秀作を展示する「Year in Focus 2017 Gallery」(ゲッティイメージズ ジャパン)で、特別企画「AI(人工知能)が選ぶ今年の1枚」がお披露目された。AIが“人間の心の揺さぶり”を数値化して選んだ1枚は、プロの審査員も「なかなかやる」と舌を巻くセンス。報道写真へのAIの進出も、1歩ずつ本格化している。
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- 「MOASの捜索と救助がピークを迎える」(C)687803706, Chris McGrath/Getty Images
AIが「今年の1枚」に選んだのは、「MOASの捜索と救助がピークを迎える」というタイトルのニュース写真。今年5月、イタリアの沖合で500人以上のリビア難民を乗せた船が転覆し、海に投げ出された難民が救護船に向かって必死に泳ぐ姿をとらえた1枚だ。
選んだのは、ニューロサイエンス(脳科学)とAI(人工知能)を組み合わせた「ニューロAI」というプログラム。写真を見た時の人間の感情や印象を、脳活動の推定モデルから解析し、予測することができる。「優しい」「温かい」などのポジティブワードと、「怖い」「悲しい」などのネガティブワードの両方を強く併せ持った作品ほど「心の量」の数値が高い。開発したNTTデータの矢野亮さんは「この写真は、『希望』と『怖い』の両方が高い数値を示したことから、最も人の心を揺さぶった作品と判断されました」と話す。
世界200カ国以上の報道機関や広告会社に写真コンテンツを配信するゲッティイメージズ ジャパン島本久美子社長は、AIが選んだ1枚について「素晴らしい」と笑顔で評価する。「見た瞬間のインパクトと、記憶に長時間残るものという両方の要素を持った作品をしっかり選べている。私たちゲッティが選びそうな基準も学習している」。中央の難民に焦点が合い、手前の救助隊員がピンボケという構図の効果をAIが理解していることも評価する。「全部にピントが合っていると、逆にどこを見たらいいのか散漫になる。この構図とピントの配置だからこそ、距離感や必死さが伝わる。選ぶ力という意味では、AIはなかなかやります」
写っていないものの“行間を読む”という高等解析もできるようだ。島本さんは「昨年の写真で、難民のお父さんが赤ちゃんを抱えている写真があったのですが、AIがピックアップしたキーワードの中に『お母さん』というのがあった。写っていないけれど、お母さんはどこ? という感情がよぎっていて、AIはそういうとらえ方もするのかと面白かったです」。
やろうと思えば、新聞社の写真部デスクのような業務もできるらしい。各現場のカメラマンや、世界中の提携社から送られてくる膨大な写真の中から、記事内容や紙面映えなどを瞬時に判断し、使う写真を選んでいく作業だ。
NTTデータの矢野さんは「読者層の年齢や性別、求めている写真の傾向などを設定すれば、いちばん手に取ってもらえる写真を選ぶことができます。その写真を掲載した商品が売れたか売れなかったかという正解データを学習していくので、写真選びも失敗しない。選ぶ人の好みやセンスによるバラつきもありません。まさに、ニューロAIディレクターという存在を目指して開発しています」。
記事を書くAIはすでに登場している。報道写真に関してはまだ「選ぶ」「評価する」の段階だが、いずれ自分で考えてシャッターをきるAIカメラマンも登場するのだろうか。矢野さんは「クリエイティブなことはまだ難しいですが、撮りたいですね。できなくもない。早くてあと5年。10年後はかなり変わっているかもしれません」。
- 「コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティバル2017初日」(C)668659504, Christopher Polk/Getty Images for Coachella
ちなみに、人間(ゲッティイメージズ)が選んだ「今年の1枚」は、米国の音楽フェスで、躍動するロック歌手をステージ後方から撮った写真。島本さんは「歌手の後ろから写すことでシルエットになり、外の強い光が太陽のように見えて希望を与える。5年後、10年後に見てもインパクトがあり、時代を超えた写真になる」。
AIが選んだ1枚も候補のひとつだったというが「例年、ニュース写真が選ばれることが多いので、今年は音楽祭を選んでみました」。この配慮と柔軟性、イベント全体を考慮したバランス感覚など、いい意味でのアバウト感に人間の力がにじんでもいる。
【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)