3日、菅義偉首相が自民党総裁選(17日告示、29日投開票)への不出馬を表明し、30日までの総裁任期を務めて退陣する意向を示したという一報が流れた中、芸能記者である自分の脳裏に、はっきりと浮かんだ取材対象があった。メンバーが政治家に扮(ふん)する社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」である。

政界で何か大きな動きがあると、必ずと言って良いほど取材のオファーをする。それは、彼らのコントが単なるモノマネだったり、面白おかしいだけではなく、ネタ元である政界を冷静に見詰めた上で、勘所を突いた、もっと言えば、大きな事象の、その先の政局を予見したネタを繰り出してくるからだ。

菅氏退陣の一報が流れる中、ザ・ニュースペーパーの公演日程を確認すると、翌4日に京都公演を控えていた。彼らは時事ネタを随時、織り込んでいくので、京都公演を控えた中でネタの再構築を余儀なくされているだろうと思い、連絡してみると…予想どおりだった。

菅氏が安倍晋三前首相政権下で官房長官を務めた7年8カ月、そして首相になった1年と計8年8カ月、扮(ふん)し続けてきた“当事者”として、取材に応じた山本天心(58)は、2日夜に新ネタを作っていたが、ボツにせざるを得なくなってしまっていた。8月28日に東京・亀戸の公演で披露したネタは、菅氏が苦境の中、安倍氏と自民党の二階俊博幹事長に支えられて「安倍さんと二階さんは国民の声に気付かず、空気も読めない人なんで助かった」と安堵(あんど)するというオチだった。

その後、菅氏が自民党役員人事に着手し、衆院を解散して総裁選先送りを決断するという観測が広がり、その可能性も一部で報じられた中、1日に否定したのを見て「これは終わったな」と感じ、2日夜に新ネタの制作に着手。菅氏が自室で戦略図を作り、人事について熟考する中で「支持率を30~40%、上げる秘策が見つかった! これしかない…辞任だ!! 辞めたら支持率が40%は上がるぞ!!」と言うのが、オチだった。ただ、その新ネタが一夜明けた3日午前、現実になってしまった。山本は同午後「朝、菅さんがこういう状態になって的中したことで新ネタが使えなくなってしまった」と苦笑いした。

そこまでは3日にニッカンスポーツコムのインターネット速報、そして翌4日付の日刊スポーツ本紙で報じた。そこでは描いていないが、実は山本はその先の政局についても冷静に分析していた。

「ネタの中で菅さんが作っていた戦略図ですが、退陣を表明し、降りたことで一変したわけです。頭を抱えているのは、岸田文雄前政調会長でしょう。自民党総裁選に立候補した時、余裕すら感じられたのは、今なら菅さんの息の根を止められるという思いがあったのでしょうが、総裁選は0ベースになった。図式が変わるわけです。そうなると高市早苗前総務相、河野太郎行革相が相次いで出馬して、流れが変わって活性化すれば自民党のイメージも良くなっていくでしょう」

新ネタが菅氏の退陣を的中したばかりに使えなくなってしまったが、山本はめげるどころか、とうとうとその後の政局を語り続けた。3日午後に語った山本の言葉は、その後、多くが現実になっている。さらに、こう続けた。

「コロナ対策などで辛口だったコメンテーターが、早くも『お疲れさま』みたいなことを言い始めたり…何だか、もやが晴れたみたいにスーッとし出している。そういう状況になったことで、つらいのは野党だと思うんです」

「(支持率が下がっても)政権を引っ張って、引っ張って辞めれば、その引っ張りが長ければ長いほど、反動の伸びしろ、そのエネルギーは莫大(ばくだい)なわけです。それで、自民党が高支持率を得られたとしたら…菅さんの退陣表明が突発か計算かは分かりませんが、もし計算だったら、すごい」

山本の“予言”から1週間が過ぎたが、世の中の現状は当たらずとも遠からずの様相を呈しているのではないだろうか? 8日に立憲民主党、共産党、社民党、れいわ新選組が、市民団体を介して次期衆院選に向けた政策協定を結んだことは報じられたものの、テレビ、一般紙の報道の多くは、自民党総裁選に関するものだ。

そうした状況を踏まえ、山本が投げかけた言葉を最後に紹介したい。

「菅さんの退陣で活性化されて、自民党のイメージが良くなると野党が苦しくなる…それこそ、日本という国の短絡的な国民性を表しているのではないでしょうか?」

山本は、どこの政党の肩も持っていない。あくまで政治を通して社会を風刺するコメディアンとして、政局を分析し、斬っている。一連の発言やコントの裏には

「こういう、閉塞(へいそく)した時代だからこそ、笑い飛ばさないと、という使命もある」

という、一貫した思いがある。

「短絡的な国民性」という言葉に、何か引っ掛かるものを感じた人は、いま一度、冷静になって、次の衆院選に向けて政治のニュースを、真っさらな目で見詰めてみては、いかがだろうか?【村上幸将】