フジテレビ系トークバラエティー「はやく起きた朝は…」(日曜午前6時30分)は、今年4月に前身から29年目の放送に突入した。プロデューサーを務めるのは、同局「オレたちひょうきん族」の“ひょうきんディレクターズ”の三宅デタガリ恵介としても知られた、三宅恵介エグゼクティブディレクター(73)。テレビ業界歴52年目の三宅さんに、あれこれと聞いててみた。
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「はやく起きた-」は、1994年(平6)4月に「おそく起きた朝は…」として始まった。今年で29年目、来年4月には30年目に突入する。
「今、フジテレビでこのシリーズより長く放送されている番組は、一番長いのが『ミュージックフェア』(1964年8月開始)ですからね。アニメの『サザエさん』(69年10月開始)、『ちびまる子ちゃん』(90年1月開始)はあるけど、バラエティーで30年続いている番組はない。まず再来年の30年が今の目標です」
変わらぬレギュラーは磯野貴理子(58)森尾由美(56)松居直美(54)。放送時間は日曜の午前9時半、午後1時半、そして05年4月からは午前6時半開始になった。
「フジテレビの編成の都合で、朝になったんです。その時は、元フジテレビで制作会社・千代田企画のプロデューサーだった常田久仁子さんもご存命だったんです。私の“師匠”であり、『欽ドン』などで知られる常田さんは10年に亡くなったんですが、朝早い番組には、すごい抵抗があったんですよ。常田さんも、私も、どちらかというと夜のゴールデンの番組でやってきたから。別にゴールデンがいいとかいうわけじゃないんですが、視聴者数はそっちの方が多いだろうという観点からすると、朝は少ない。まぁ、そう勝手に思っていたわけです」
昼から早朝への枠移動。危機感を感じていた三宅さんたちの考えを変えたのが、スタッフの1人だった。
「『いや、朝の方がいいです』って言ったディレクターが1人いたんです。そのディレクターには小学生くらいの子供がいて、日曜日でも子供は朝早く起きちゃうと。だから主婦も早く起きて、洗濯とかをしながら見てくれると。夜遅くまで働いているお父さんも、朝ご飯だけは子供と一緒に食べるために起きていると言うんです。それで、いざやってみたら、視聴率は前ほどではないけど固定客はついていると手応えがありました。その方たちを一応、ファンクラブとしてるんですが、そのおかげでなんとかもち続けている感じですね」
番組スタートから28年3カ月。母、娘、孫と親子3代で見続けているファンもいる。
「14年に貴理子ちゃんが脳梗塞で倒れてからやっていないんですが、番組のライブをまたやりたいですね。前はオンステージをやっていて、お母さんを連れて来て母娘で見ててくれた。その20代の時に見にきてくれていた人が、何年かたって子供ができて、子供とお母さんを連れて3代で見に来てくれた時は、もう感激しましたね」
放送時間帯が変わっても、番組の芯は変わらない。
「テーマとして普遍的なね、悩み相談っていうか、不平不満口で、女性の井戸端会議みたいなものを目指してやって来たんです。これが毎回、笑えるんですよね。笑えるっていうか、どうでもいい話をして、こっちも年取ってきたからなのか分からないんですけどね。だから、あとは3人の人柄ですよね。気負わないで、そのまんまの姿で、偉そうにしないっていうかね。身近に感じてもらえてね」
気負わずに笑いを求めて52年目。まだ、歩みは続いている。【小谷野俊哉】(終わり)
◆三宅恵介(みやけ・けいすけ) 1949年(昭24)2月5日、東京都生まれ。慶大経済学部卒業後、71年にフジポニー入社。「欽ちゃんのドンとやてみよう!」「笑っていいとも!」「ライオンのいただきます」「タモリ・たけし・さんまBIG3世紀のゴルフ」「あっぱれさんま大先生」「ライオンのごきげんよう」などのディレクターを務める。80年フジテレビに転籍。81~89年の「オレたちひょうきん族」では「ひょうきんディレクターズ」の「三宅デタガリ恵介」としても活躍。90年からクリスマス深夜放送の「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」では、今も演出を務める。04年4月スタートの「はやく起きた朝は…」(日曜午前6時30分)では番組開始からプロデューサー。09年の定年退職後もフジテレビに嘱託のエグゼグティブディレクターとして在籍。千代田企画社長。



