アイドル歌手やタレントとして活躍した高見知佳(たかみ・ちか、本名高橋房代=たかはし・ふさよ)さんが21日午後、がん性腹膜炎のため、愛媛県新居浜市で亡くなった。60歳。今年7月の参院選では、愛媛選挙区から立憲民主党の推薦を受け立候補も落選。次の選挙に向けて活動していた矢先だった。芸能人時代は「くちびるヌード」などのヒット曲で知られ、明るいキャラクターでバラエティー番組でも活躍した。

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高見さんの突然の訃報に選挙関係者はショックを隠せなかった。関係者によると、次の選挙に出ると準備を進めていたが、11月に本人が不調を訴えたことで病院に行ったという。その際に、がんが見つかったようだ。「最初に子宮がんと診断され、その後、肺に転移してしまったとのことでした」と語った。

7月の参院選で高見さんの背中を押した永江孝子参院議員(62)は「10月までは、次の選挙を目指して意欲的に活動していたんですが…」と肩を落とした。

「本当にとても残念です。芸能界の荒波を乗り越えた方で、シングルマザーとして頑張り、介護にも真摯(しんし)に向き合っておられた方でした。選挙の際も相当しんどい仕事を引き受けていただき、相当、頑張っていただきました。落選後も次の選挙へ向けて、とても意欲的だったのに。本当に悔しいです」と悔しさを隠せなかった。

高見さんは、高校生の時、地元愛媛県のテレビ局ののど自慢に出演。16歳で日本コロムビアからアイドル歌手としてデビューした。84年発売の「くちびるヌード」が、資生堂のキャンペーンソングとなりヒット。スターダムに乗った。歌手としてはもちろん、女優やバラエティー番組などでも活躍。88年からは、日本テレビ系昼の情報番組「追跡」のMCを青島幸男さんとともに務めた。

01年の結婚と沖縄移住を機に芸能界を引退。その後離婚し、シングルマザーとして子育てを経験。4年前に母(90)の介護のため、ふるさとの新居浜市へ戻り、イベントの司会などを務めていた。

今年7月の参院選では愛媛選挙区(改選定数1)から立憲民主党の推薦を受け、無所属で出馬も落選した。「国民に不安を抱かせる政治を変えたい」と決意し、選挙戦では「みなさんの暮らしの中で困っているという声を受け止めています。この切実な声を国政に届けたい」と訴えていた。落選の際には「女性の政治参加の懸け橋になれた。もう少し時間があれば」などと語り、捲土(けんど)重来を期していた。

◆高見知佳(たかみ・ちか)本名・高橋房代(たかはし・ふさよ)1962年(昭37)7月9日、愛媛県生まれ。78年に「シンデレラ」で歌手デビュー。フジテレビ系バラエティー番組「アイ・アイゲーム」での赤裸々トークで人気者になり、84年に「くちびるヌード」がヒット。主な出演ドラマに「裸の大将放浪記」「右門捕物帖」、主な映画に「蒲田行進曲」などがある。01年にメキシコ系米国人と結婚もその後離婚。シングルマザーとして、今年7月の参院選愛媛選挙区(改選定数1)に立候補も落選した。

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