女優すみれ(32)をインタビューした。25歳以下の若者を応援するイベント「Change Makers Fes 2023」(3月28日、東京ドームシティホール)のスペシャルアンバサダーに就任したことを受けて、じっくりと話を聞くことが出来た。

記者にとって、父の石田純一(69)、兄のいしだ壱成(48)に続く、3人目の“石田ファミリー”のインタビューだった。

すみれは21年11月に2歳年上の実業家と結婚。21年4月に長男を出産したが、同年10月には母親の松原千明さんを64歳で亡くしている。

7歳で松原さんとハワイに移住。その2年後に石田と松原さんが離婚して、母娘で支え合って生きてきた。コロナ禍で乳児を抱え、体調の悪い松原さんの最期を見取ることはかなわなかった。それでも、結婚直後の21年12月の妊娠中にハワイに飛んで対面を果たしていた。

「息子の妊娠中に会うことが出来たのは、やはり縁を感じますね。なんとか親孝行が出来た気もします。子育ては大変だけど、強くなれた気がしました」と振り返った。母となり、母と別れ、息子とともに成長していることを感じた。

すみれは16歳でモデルとして、日本でデビュー。石田純一、松原千明さんを両親に持ち、170センチの長身、歌もダンスもOKというサラブレッドの登場に日本の芸能界はわいた。

米国のカーネギーメロン大演劇学科に学び、英語もネーティブだけに、日本のみならず、世界を舞台に女優としての活躍を夢見ていた。

芸能界に限らず、英語はどのような仕事についても必要とされることが多い。還暦すぎの記者は、若い頃は「スポーツ担当にでもなったら、海外へ行くようになって、自然と覚えるだろう」とのんきに考えていた。

ところが、芸能記者になって、行くのは1週間足らずの海外出張ばかり。英語はサッパリのまま「CXが」「バミって」「巻きでお願い」「押しちゃってます」と言った“業界用語”だけが達者になっていた。

それが10数年前にアラフィフになって、スポーツ部勤務を命じられた。「世界柔道」が日本で開催されることになり、同僚記者と3人で取材に行った。記者以外の2人は英語がペラペラ。日本の“国技”とも言える柔道の会場とあって、世界中から取材に来ている外国人記者が日刊スポーツの記者席に来て、あれこれと尋ねる。

すごいなと思って見ていたのだが、他の2人が席を外している時が大変だった。日刊スポーツの記者席に真っすぐにやって来た外国人記者があれこれとまくしたてる。「パードン」「スピーク・スロリー」の連発で、その場をしのぎながら泣きたくなった。

プエルトリコでゴルフの試合を取材した時は、英語以上に分からないスペイン語でレンタカーにガソリンを入れるのにもすごく苦労した。ゴルフ場で石川遼選手が会見するとなって、やっと日本語だとホッとしていたら、流ちょうな英語でペラペラとしゃべり始めて面食らったこともあった。

7歳からハワイ在住のすみれに「英語がしゃべれる人がうらやましい」と言うと、「息子には英語をしゃべれる人になってほしい。日本で子育てをすることになるけど、インタースクールもあるし、英語を主に使う学校もあるから」と、母としての顔を見せた。

しかし「英語をネーティブにしゃべれることで不利なこともあるんです」と明かされた。海外のオーディションで、日本人に求められるのは“日本なまりの英語”だという。

しばらくは子育てに時間をとられるが、余裕ができたら女優として海外へも挑戦していきたいという。憧れは渡辺謙(63)だという。渡辺が03年の「ラストサムライ」で、世界の舞台で脚光を浴びて「世界のケン・ワタナベ」になったのは44歳の時だった。89年8月に急性骨髄性白血病で倒れた謙さんが、90年9月にTBS「息子のご帰還」で1年1カ月ぶりに復帰した会見を取材したことがあっただけに感慨深かったのを覚えている。

すみれは「40代、50代でブレークしたい」。人生100年時代の半分以下だ。母親として、そして海外にチャレンジする女優のすみれに大いに期待したい。【小谷野俊哉】