今年、犬の化身や“能面”の検事役などカラフルな役どころでヒットドラマを連発した上川隆也。2025年の最後に、時代劇の決定版「忠臣蔵」(12月12日から、東京・明治座)で大石内蔵助役を演じる。根っから「おおらかにエンターテインメント」志向の俳優が、令和にどんな忠臣蔵を届けてくれるのか、抱負を聞いた。【梅田恵子】
■著名な役うれしい
映画、ドラマ、舞台で何度も作品化されてきた「忠臣蔵」。あだ討ちのリーダーとなる赤穂藩筆頭家老、大石内蔵助役は、中村吉右衛門、緒形拳ら多くのスター俳優が演じてきた。上川は「誰もが演じられる役ではないことは重々承知しておりますので、ご指名は純粋にうれしかったです。著名な役というのを切望したことがなく、自分に舞い込んでくるとは想像もしていなかったので、驚きでもありました」。
年の瀬の風物詩として「忠臣蔵」が身近にあった世代でもある。子どもの頃は「どこかビターな、大人の政治劇のように感じていた」という。「僕は『水戸黄門』や『遠山の金さん』のような勧善懲悪の物語の方に強くひかれていましたので(笑い)、忠臣蔵の複雑な政治模様は一段高いところにある物語のように感じていたんですよね」。
そんな内蔵助役と向き合うことになったが、あえて「前のめりにならない」ことを大事にしている。
「僕にとってプライオリティー第1位は、お芝居として楽しいものをお届けすること。役への思いや今の時代との重なりなど、僕自身の考えは脇によけておきたい。役者は演出(堤幸彦氏)に寄り添いながら作品を具現化する装置だと思っているので、装置として自由でいたいんです。大上段な演技をしてしまうことには恐れすら感じる」。目指すのは常に「おおらかなエンターテインメント」だ。「最後にお客さまに何かを感じていただけるものが生まれたら、とても豊かなことだなって」。
あだ討ちというテーマへの評価が多様化し、近年、忠臣蔵を目にする機会がめっきり減った。「忠臣蔵に限らず、時代劇というジャンル自体が地上波に乗らなくなった。でも、BSやCSなどではさまざまにやっていて、求められる受け皿はあるんですよね。表通りにないので地図を見て探さなきゃいけないけれど、訪ねればちゃんとそこにあるお店だと感じています」。
■300年愛される魅力
奇しくも新橋演舞場では、劇団☆新感線が「爆烈忠臣蔵」を上演。「何かが起こる時って、同時多発的に同じことが起こったりする。忠臣蔵にもそういう機運を感じる」と感慨深げ。「新感線の古田新太さんが『忠臣蔵の物語を知っていると、より楽しめる』と語っている記事を拝見しました。なので、新感線をご覧になる方は、まず僕ら明治座の忠臣蔵を見て準備していただければ(笑い)」。
300年以上にわたり愛され続ける「忠臣蔵」の魅力について「普遍的」というワードを挙げる。「幼な子のためにお母さんが一生懸命な姿とか、人が人を思っている行動というのは、時代や文化に左右されずに心を打つんですよね。忠臣蔵の行動はある意味極端かもしれませんが、彼らが殿を熱く思った行動の結果であり、自分の身がどうなろうと構わないとまで思える強い気持ちというのは、300年の時を超えるものなのだと」。
内蔵助以外で演じてみたいキャラクターを聞くと「一番面白いのは吉良(上野介)じゃないですか?」と笑う。「憎まれてでも貫く正義というのが吉良側にもあったと思う。吉良にも家臣がいて、お家があって、領地があって、民草の生活がある。裏から見た時の面白みが潤沢ですよね」。一方、大石側に立ってみれば「やはり殿を思い続ける正義がある」とし「温度の違う正義感のぶつかり合いが、子どものころの僕には大人の物語に映っていたんだと思います」。
■幅広い役柄で第一線を走り続ける
89年に「演劇集団キャラメルボックス」に入団。95年、NHK日中共同制作ドラマ「大地の子」で主役の陸一心役に抜てきされ一躍話題を集めて以来、30年にわたり俳優界の第一線を走り続けている。演じる役どころも幅広い。今年だけでもドラマ「問題物件」では“犬の化身”とみられる謎の男、「能面検事」では表情筋を1ミリも動かさない検事役でそれぞれ主演。今月末公開の映画「ラストマン」(主演福山雅治)では、内に愛情を秘めた警察庁のエリート役を演じている。
イメージの固定とは無縁の活躍の背景には、「大地の子」で共演した仲代達矢からのアドバイスがある。「次にやる役柄は、今やっているものより離れた役をやりなさい、という言葉がいまだに僕の中で息づいています」とし、「幸い、さまざまな色合いのキャラクターをいただける幸運も相まって、とてもいいサイクルで自分の中で回っているような」。
「劇団に入った頃は、お芝居を楽しみたいと思っただけで、俳優一本で生きていくなんてまったく思っていなかった」という。腹が決まったのは、やはり「大地の子」との出会いだ。「役者になりたいとも思わなかった輩が、ここから『役者になりたい』に変わって、初めてあがき始めたという感じでした」。黙々とあがきながら30年。多くのクリエーターに信頼され、出演依頼が絶えないトップ俳優となった。
歩いてきた道のりと現在地をどう受け止めているか尋ねると、「そういう目線であえて見るならば、お芝居をしたいと思った自分をほめてやりたいと思います。よくあの時、キャラメルボックスのオーディションを受けようと思ったね、と」。
楽しみたいと飛び込んだ芝居の世界が、いまだに楽しいことに感謝している。「いろんなものが好きで、いろんなことに手を出していますけど、続いているのはお芝居だけ。まだ楽しいし、まだ飽きない。そんなもの、僕にとってこれひとつしかないんです」。
映像作品と舞台、どちらの魅力も知り尽くすこの人に、あらためて舞台の楽しさを聞いてみた。「実は、お客さまと舞台がひとつになる瞬間って、うまくいかなかった時だったりする。何も起こらないのがいちばんではありますが、そういうライブ感に舞台の底力が首をもたげて、舞台である意味が息づくように思うんですよね」。
チケットを買い、劇場に足を運ぶという客側の非日常性も含め、「みんなが一堂に会してその時間を過ごすというのは、演劇にしかないもの」とし、「来ていただいたからにはやっぱり楽しんでいただきたい。そのために、費やせるものは何でも費やしたいと思っています」。
■16歳愛犬にメロメロ
俳優業一筋の上川を癒やしてくれるのは、愛犬ノワールの存在だ。「尽きることのない愛情を日ごろ注いでおります」とメロメロ。「彼女もこの秋に16歳を迎えるということもあって、日々を貴重なものとして受け止めていますし、愛情をひとしおなものにしています」。
◆上川隆也(かみかわ・たかや)1965年(昭40)5月7日、東京都生まれ。中大在学中の89年に演劇集団キャラメルボックスに入団。95年、日中共同制作ドラマ「大地の子」(NHK)に主演し一躍スターに。06年、NHK大河ドラマ「功名が辻」主演。09年、キャラメルボックス退団。「ヘンリー六世」で第18回読売演劇大賞優秀主演男優賞、「梟の城」で日本アカデミー賞助演男優賞など受賞歴多数。175センチ、血液型A。
■堤幸彦氏が演出「大きな舞台を」
演出は堤幸彦氏。最新デジタル機材を使い元禄時代を表現するデジタルエンターテインメントと、ストレートな芝居の両方から「これが明治座バージョンの忠臣蔵という大きな舞台を目指していきたい」と話す。大石内蔵助の妻、りく役の藤原紀香、吉良上野介役の高橋克典ら豪華キャストが集結し「幸せな限り。私が一番興奮しております」。



