おやじに弔い優勝を捧げる。8日に心不全で亡くなった広島顧問で元スカウト部長の村上孝雄(旧姓宮川)さん(享年79)の通夜が12日、福岡・北九州市内でしめやかに営まれた。参列した緒方孝市監督(47)は思い出話を交えながら別れを惜しみ、優勝への誓いを新たにした。

 緒方監督が村上さんと最初に出会ったのは、17歳の時だった。鳥栖のグラウンドでバットを振っていると、名前も顔も知らない人からにっこり笑顔で声を掛けられた。いきなり下の名前で呼ばれた。村上さんだった。

 「孝市、テーピングの仕方を教えてやる。いいか、こうやるんだ」。マメでバットを振りづらそうにしている姿を見抜かれていた。

 ドラフト後には、ステーキハウスに連れて行かれた。肉が食えるとテンションを上げていると、目の前に1キロの肉が置かれた。育ち盛りで食欲旺盛だったが、半分でおなかいっぱいだった。「プロでやるためには、このくらい食べないとダメだ」。これは村上さんが獲得した選手に行う儀式だった。残るのは無理やり胃のなかに押し込んだ記憶と、あの笑顔だ。

 厳しかったが、やさしさあふれる人だった。緒方監督は95年に母孝子さんを51歳で亡くした。一番気に掛けてくれたのが村上さんだった。緒方監督のことはもちろん、父義雄さんのことを心配してくれた。佐賀まで足を運び「孝市は頑張っているから、何も心配しなくていいですよ」。その後も頻繁に連絡をくれた。

 数年前から入退院を繰り返し、やつれていた。だが、会えばいつもと変わらず冗談ばかりだった。最後にあったのはこの年始。「おい、わしはもうすぐ死ぬぞ」。だが声にハリがない。「シーズンは始まってないですよ。また見に来てもらわんと」と励ました。かなりやせていたが、豪快な冗談とにっこり顔は同じだった。ひつぎの中の顔も、あの時と同じだった。安心した。

 鉄拳制裁も何度も食らった。高校を出てすぐに入ったプロの世界。一から教えてもらった。監督になってからも声を掛けてくれた。「緒方と高のコンビを早く見たい」が口癖だった。それが実現。昨季優勝出来ていれば、という後悔もある。指揮官は言う。「いいおやじだった。優勝して、高さんといい報告をしたい。それが最大の恩返しになる」。祭壇にも置かれたように大の酒好きで、ビール党。天国で美酒を味わってもらう。【池本泰尚】