采配いじり受け入れる懐深さに涙/高木守道さん悼む

中日元監督の高木守道さんが17日、心不全のため死去した。78歳だった。

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「守道劇場」。12年から2年間中日担当をした時、何度もこの見出しが日刊スポーツに躍った。カッカしやすく、瞬間湯沸かし器的な用兵、采配で何度も驚かされた。

「○○は明日から2軍だ!」。そう言い残して帰りの車のドアをバタン。担当コーチに確認してみると「ウソだろっ、そんなこと聞いてないよ」とあぜん。ミスをしたコーチの1、2軍配置転換でも似たケースがあり、監督の発言を巡ってコーチもスタッフもメディアも右往左往した。投手起用を巡り、権藤投手コーチとのセブンティー(70歳代)バトルもあった。落合監督時代の隙のなさから一転、昭和な感じのスタイルを「守道劇場」と面白がった回数は、弊紙が一番多かった。

だが、レジェンドな人だ。「ミスタードラゴンズをちゃかしすぎや」と多方面から、ちくりと言われた。「ありのまま、守道さんを書いているだけです」。そう言ってはみても、いつも心のどこかで引っ掛かっていた。意を決してナゴヤドームへの出勤前、自宅へ謝りに行った。ハンドルを握る守道さんは言った。「そんなこと気にしとるんか? 俺は短気な性格やからしゃあない。あんたも書くのが仕事やないか」。懐の深さに心を打たれ、その後はむしろ筆が鈍った。「おい日刊、最近記事がおとなしいやないか! 元気ないな。よし、飯食いに行こか!」。ひつまぶしを食べながら、でも一切原稿の話はしないから、ボロボロ涙がこぼれた。裏表なく正直すぎて、優しすぎた…。怒って励ましてくれた笑顔ばかり浮かんで、悔しい。【元中日担当キャップ 松井清員】