米イリノイ州ロックフォードは、大統領選で注目されるラストベルト(さびついた工業地帯)を象徴する街だ。

かつての繁栄を象徴する一戸建て住宅が並び、やや老朽化したその家々には、60年代まで増え続けた雇用で流入したさまざまな人種が、住み分けることなく、今もそこで暮らしている。

ドキュメンタリー「行き止まりの世界に生まれて」(9月4日公開)に登場するキアーは黒人、ザックは白人、そして監督を兼ねるビンはアジア系だ。

3人はそれぞれに家にいたくない事情があり、スケートボードを通じて友情を深めている。スケートパークや街中の凹凸を巧みにすべる彼らを追うビン・リュー監督のカメラワークにまず引き込まれる。

スケートボードへの愛情を感じさせ、一見整っているようで色彩の消えた街のすきま風も自然に映し出す。ビン監督は「13歳で家から逃れるようにスケートボードを始めました。たくさんのアザ、骨折。苦労してできるようになった技の数々を経て、僕は自分の痛みに対してのコントロール感覚を取り戻し、物事を理解していきました」と振り返る。1歩引いた映像作品とするつもりが、友人2人の生身に触れるうちに、自らもさらす「私的作品」として極めていく監督自身の心の動きがそのまま映画の進行に重なっている。

スケートボードは家出の発端というよりは、彼らの生きるすべなのだ。

12年間を追ったカメラは年月の移ろいを凝縮して映し出す。救いの無い家庭内暴力でスケート仲間だけが居場所だった彼らにもさまざまな転機が訪れる。

あどけない美少女だったザックの彼女はやがて彼の妻となり、授かった男子はいつの間にかスケートボードに乗っている。行き場の無い怒りで何度もボードをたたき割っていたキアーも定職を得て、いつの間にかまっとうな青年になっている。彼らをカメラで追い続けるビンも疎遠になっていた母親にカメラを向け、その本音を聞き出して心を震わせる。

きれいごとには収まらない。かすかな希望を持って街を出る者もいれば、あれほど嫌っていた家庭内暴力に自ら手を染めてしまう者もいる。

人間のもろさ、したたかさ、そしてどうしようもない暴力の連鎖…。ラストベルトを背景に紡ぎ出される人間模様がいつの間にかわが事のようにジンとさせられる。

オバマ前大統領が18年の「ベストムービー」と称したのもうなずける作品だ。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)