54年分のありがとうの思いを込めて拍手をした。1969年の初演以来、松本白鸚さん(80)が演じてきたミュージカル「ラ・マンチャの男」のファイナル公演。14日の初日、横須賀市にあるよこすか芸術劇場には電車で2時間、3時間かけて各地から多くの観客が詰めかけた。
休憩をはさんで2時間40分の舞台が終わると、満員の観客は立ち上がって、熱い拍手を送った。カーテンコールで白鸚さんは「どうも、どうも、ありがとう存じます。ありがとうございます」とあいさつしたが、「ありがとう」と言いたいのは観客の方だった。白鸚さんが舞台から姿を消した後も、しばらく拍手は鳴りやまなかった。
「ラ・マンチャの男」の初演は1969年。当時26歳で、市川染五郎を名乗っていた白鸚さんが主演した。私が初めて見たのは10年後の79年だったが、瞬時にこの舞台の大ファンになった。「憎むべき狂気とは、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために闘わないことだ」の名ぜりふに励まされ、「夢は実りがたく 敵はあまたなりとも 胸に悲しみを秘めて われは勇みて行かん」と力強く歌う「見果てぬ夢」の歌に何度勇気づけられたことか。
昨年2月、ファイナルと銘打った公演はコロナ禍の影響で予定した25公演中、18公演が中止となり、私が見る予定の日も中止だった。もう見られないという悔しさで、その時ほど「コロナが憎い」と思ったことがなかった。
その後、ファイナル仕切り直し公演が発表となり、うれしかった。しかし、昨年11、12月の市川團十郎襲名披露公演の「口上」に出演した時、体調不良で11月半ばから1カ月以上も休演した。だから、歌って、立ち回りもある「ラ・マンチャの男」に本当に出演できるのかという心配もあった。
でも、杞憂(きゆう)だった。白鸚さんは「ラ・マンチャの男」に帰ってきた。体は万全ではないだろうが、執念ともいうべき気力で舞台に立った。「見果てぬ夢」の歌声は力強く、聴くのは最後となるだろう「事実とは真実の敵なり」のせりふも心に突き刺さった。
そんな白鴎さんを、アルドンサ役の娘でもある松たか子、サンチョ役の駒田一らすべての共演者が一丸となって支えていた。一挙手一投足に気を配り、少しでも体がよろけそうになると、すかさず体を支え、舞台をはける時には手を添えて導いた。チーム「ラ・マンチャの男」の結束力を見た思いがした。
24日の千秋楽で上演回数は1324回を数える。そのうち、20回以上は見ていると思う。白鴎さんの「ラ・マンチャの男」に出会えたことは44年の演劇記者生活の最高の宝物でした。本当にありがとうございました。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)




