凜(りん)とした、彫りの深い顔立ちから「日本人には見えない」と言われてきた沖縄県出身の俳優が、自ら企画を立ち上げ、主演する映画が劇場公開されます。日本・フィリピン合作映画「義足のボクサー GENSAN PUNCH」(ブリランテ・メンドーサ監督、6月10日公開)の主役の尚玄(しょうげん=43)。義足のボクサーという難役を演じるために、自らの内面と徹底的に向き合いました。今作への思いを聞きました。

先天性の病気で、幼少から右ヒザ下が義足のため、日本でプロの夢を絶たれた土山直純さんがフィリピンでプロボクサーを目指す実話を映画化。土山さんとは約10年前に知り合い、「いつか映画にしたい」と本人に伝えました。あの日から8年、実現しました。

なぜ、この映画を企画し、自らが演じたいと思ったのでしょうか。

「僕自身が沖縄出身で日本人離れしている顔をしていた。もともとモデルをやっていましたが、本当にやりたかったのは小さいときの夢だった俳優でした」

大学卒業後、バックパックで世界40カ国以上を旅しながらパリ、ミラノ、ロンドンでモデルとして活動していましたが、25歳で帰国。俳優としての活動をスタートしました。05年、戦後の沖縄を描いた映画「ハブと拳骨」でデビュー。三線弾きの主役を演じ、第20回東京国際映画祭コンペティション部門にノミネートされました。その後は順風満帆とは言えませんでした。「日本人離れしすぎて、あまり役をもらえなかった。日本でハマらなかったんです」

08年に米ニューヨークで出会ったリアリズム演劇に感銘を受け、30歳のとき、芝居の勉強のため渡米。国境を越え、海外で活躍の場を求めました。

「海外でオーディションを受け、役をつかむようになった。そこから日本でも仕事をもらえるようになった。日本はキャスティングがオープンではないので、海外で役をもらえた。そこに直純君(土山さん)と共鳴することがあった」

モデルとなった土山さんは高校時代にボクシングを始め、九州大会3位の実績がありました。沖縄のジムで2年間修業を積みましたが、日本ボクシングコミッションの規定は義足・義手の選手にプロ資格を認めておらず、日本でプロになる道を閉ざされました。

それでもあきらめず、単身フィリピンに渡り、プロのライセンスを取得しました。06年6月、フィリピンでプロデビュー。負けたらライセンス剥奪という条件下で4ラウンド判定勝ち。厳しい条件付きのプロライセンスでした。

「フィリピンでもライセンスがとれる確証はなく、負ければライセンスを剥奪という中でも、自分を証明したいという強い思いに引かれた。この役をやりたいと思った」

「日本人らしくない…」と否定されても、夢をあきらめず、海外で挑戦することを選んだ自らの姿が重なりました。

「キャラクターを一瞬、一瞬、生き抜く」ために、日ごろからの節制はもちろん、ひたすらボクシングのトレーニングに励み、体重を約10キロ落としました。背中の筋肉はボクサーのそれです。

「サンドバッグに向き合っていた成果です」

土山さんにも協力してもらい、義足の陸上選手からは日常生活での細かいアドバイスを受けました。

「右足は義足である」。撮影では、右膝をなでることで、自分が義足であることを常に忘れないようにマインドリセットしたといいます。

「直純君の義足は90度から曲がらない。そこをテーピングでがっちりと固定して、さらに忘れないように、かかとと靴の間にペットボトルのキャップを入れていた。違和感があり、忘れないようにして、固定して、自分の中で意識していた」

自らの内面とも向き合うことも必要でした。

「直純君と共通する部分がある。2人とも父親と距離があり、その分、母親と近かった。僕がいままで芝居を続ける中では、母親との関係に向き合うことは多かった。父親とはもちろん、向き合っている部分はあったけど、今回の役は本当の深い部分で、父親に対して本当の自分の思いに向き合わないと、表現できえないような役だった」

ボクシングが題材ですがヒューマンドラマであり、コーチとの師弟愛、母への思い、不変的なものを描いています。コーチとの関係性はまさに父と息子の関係に似ています。

撮影中、フィリピンのスタッフの何人かは義足と思っている人がいました。試合のシーンを撮影後、リングから降りるとき、手をかしてくれようとするスタッフもいました。

「そのときに、ちょっとイラッとする自分に気づいた。自分でできるのに…。その感覚は生の気持ちだと思う。当事者の方はそう思っていらっしゃる方もいらっしゃるのでないか…」

内面を深く掘り下げることでしか、分からないことでした。

「直純君がリングに上がり、証明したかったことは、ひと言では言えないかもしれない。(この気づきは)リングに上がる意味を、役を通して、自分の中で追求した表れではないかなと思う」

同映画は、すでに米国の有料ケーブルテレビ放送局で配信されるなど、海外では高い評価を得ています。俳優が映画原案の発案や共同プロデューサーをこなすことは日本では「日本人らしくない」かもしれません。多様性の時代、世界が「尚玄」を求めています。

【松浦隆司】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「ナニワのベテラン走る~ミナミヘキタヘ」)