堀川恵(26=パーク24)が初出場優勝を遂げた。決勝でカナダ選手に内股で一本勝ち。今大会の日本女子では48キロ級の角田夏実、52キロ級の阿部詩に続く3個目の金メダルを獲得した。
初戦の2回戦はイタリア選手に大外刈り、準決勝ではポルトガル選手を横四方固めで下すなど、立ち技も寝技も状態良く決勝へ。最後は昨夏の東京オリンピック(五輪)で銅メダルに輝いていた難敵カトリーヌ・ボーシュマンピナールを、試合終了間際の得意技で破った。
長野・松本市出身で、旧姓は津金。松商学園高2年時にグランドスラム(GS)東京で史上最年少17歳1カ月での優勝を果たした。将来の金メダリスト候補と期待されたが、その4年後のリオデジャネイロにも9年後の東京にも届かず。筑波大に進んでから環境の変化もあって伸び悩み、時には国内大会ですら1回戦負けを喫するほど勝てない時期もあった。
その後は「耐えた」と表現する。国際大会では勝ち切れなくても全日本の強化選手レベルで踏ん張り、最終の4年時に全日本選抜体重別で初優勝。しかし、また壁に阻まれた。63キロ級が世界で長く結果を残していないとして、その年の世界選手権への同級だけ「派遣なし」という、まさかの決定に涙した。
「何で? と思って、すぐにスッキリと受け入れられなかったけど、その後もGSとか勝てなかったので相応だったのかな」
既に内定していた実業団のパーク24に入社し、社会人3年目の20年7月には警視庁所属の柔道選手である夫と結婚。現姓になり、転機にもなった。自宅では映像研究を手伝ってもらう。心身の充実から結果が上向き始めた。
今年2月のテルアビブ大会では9年2カ月ぶりとなるGS優勝。「高校2年生の時は自分の実力以上の力が出ていた気がする。今は感触が違う。自分の実力に気持ちが追いついてきたタイミング」。それが初の世界女王とも合致した。
今月18日には27歳の誕生日を迎える。出国前に「若手という年齢ではないけれど、勢いというよりは今までの経験を生かして、自分のペースで落ち着いた試合運びができれば」と話していた通りの、熟練の試合運びだった。
指導者の父ら親族も現地で観戦。「みんな応援してくれていて『自分で勝ち取って、この舞台に立ったんだから、自信を持って堂々としてきてほしい』と送り出してくれた。昔の派遣なしのころも、自分より周囲の方がつらそうだった」と心配させていた観客席の家族に手を振り、笑顔と最高の輝きで恩を返した。
この階級で04年アテネ、08年北京五輪2連覇の谷本歩実さんに憧れ、中学時代から内股を磨いてきた。準決勝のように寝技など幅は広げつつ、残り1秒、無心で体が動いた。鋭い踏み込みからの内股で鮮やかにひっくり返した。
日本勢にとっては10年の上野順恵以来12年(9大会)ぶりの制覇。派遣なしの屈辱から自国の復権まで成し遂げ、目指す24年パリ五輪へ前進した。【木下淳】


