国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)は6日、東京五輪・パラリンピックに出場するアスリートら対象の新型コロナウイルス感染症ワクチンを、ファイザー社(米国)と共同開発のビオンテック社(ドイツ)から無償提供を受ける覚書に署名したと発表した。世界の全選手団が対象で、国民への供給計画とは「別枠」と強調。接種が進めば開催へ前進する一方、国内外から挙がる中止論を打ち消す思惑に対し、別枠とはいえ「特別扱い」との批判が高まる恐れもある。

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東京五輪開幕まで3カ月を切った段階でIOCが「奥の手」を出した。ワクチン接種の遅れが目立つ日本やアフリカ諸国をはじめ、世界の全選手団にファイザー社製のワクチンを提供。各国の国民に供給されているものとは「別枠」で用意され、接種計画に影響を与えないよう配慮して5月末に配送を開始するという。開催への機運が高まらない中、打ってきた打開策だ。

丸川五輪相によると、日本の対象は五輪とパラリンピック合わせて選手約1000人と、監督やコーチら1500人。菅首相が4月中旬に訪米した際の、ファイザー社のブーラCEOとの電話会談で無償提供の申し出を受けた。下旬に政府とIOCが協議し、開催国として計画実行を求めた。

「安心安全な大会を運営するため非常に重要な提案をいただいた」と丸川氏は歓迎し、選手団を結成する日本オリンピック委員会(JOC)山下会長も「医療体制に影響を与えないことを前提に、接種をお願いしたい」と国に申し入れた。

政府や組織委は、水面下で接種の可能性を模索してきた。アスリートへの対応が進む海外からも、開催国の選手団が打っていない現状に懸念の声が出ていた。ただ、国内で高齢者への接種も進まない中、検討を表に出せば批判殺到は確実。一方で1回目の接種後に3週の間隔を空けて2本目を打つファイザー社製など、接種が完了するまでには一定の時間がかかる。7月23日の開幕に向けたリミットが迫り、大会関係者は「5月末から6月初旬に打ち始めないと。大型連休明けには決めなければ」と分かりながらも、日本側から言い出せば不満は沸騰する。その中のIOCと製薬会社の決定は渡りに船となった。

各国・地域から参加する選手は五輪が1万1000人、パラが4000人と見込まれる。事前合宿の来日時期を踏まえれば時間はない。ワクチンが行き渡れば開催に前進するが、別枠とはいえ「優先」「特別扱い」の声も簡単には収まらない。「医療体制に負荷を掛けないよう、どのような接種体制が組めるか」と丸川氏が話す調整が不可欠だ。

米紙で「ぼったくり男爵」と酷評されたIOCバッハ会長は、勝負手に胸を張りつつ「用意した手段の1つだ」と義務化はしなかった。JOCは各競技団体を通じて選手の意向を調べるが、6月末に代表が決まる陸上など課題は多い。現場に支障を来さないため、各団体の医療チームを活用する案も模索されそうだ。ワクチン確保はいいが、混乱を招かない対応が求められる。【木下淳、鎌田直秀】

 

新型コロナウイルスや東京五輪の開催を巡る国内の動き(6日)

◆65人死亡 国内で新たに4375人の感染者が報告された。死者は大阪28人、北海道5人、東京と兵庫各4人など計65人。

◆中止署名10万筆 元日弁連会長の宇都宮健児氏が「東京五輪の開催中止を求める」とするオンライン署名を5日正午から始め、6日午後7時45分時点で10万筆を超えた。

◆公道リレー中止 福岡県は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、11~12日に予定している東京五輪の聖火リレーを福岡市、太宰府市など7市町の公道では実施しないと発表。

◆固定電話に影響? NTT東日本は電話の通信量が増えていることを受け、東京都内の固定電話の着信を一時制限。通信量増加は、都内の自治体が新型コロナウイルスワクチンの接種予約を電話でも受け付けていることが背景にあるとみられる。

◆「五輪より接種」 立憲民主党の泉健太政調会長らは河野太郎行政改革担当相に五輪・パラ開催よりも、ワクチン接種を優先するよう求める提言書を手渡した。河野氏は「政府の考え方がある」と、方針見直しに否定的な見解を示した。