東京五輪・パラリンピックの観客上限を巡る問題で運営主体の組織委員会では、無観客やむなしの声が強まっている。11日までに、複数の大会関係者への取材で分かった。新型コロナウイルスの感染が収まらず、今月末に延長された緊急事態宣言がさらに延びて6月にずれ込む可能性がある。そんな中、国民に開催の理解を得るには6月の決定時期を待たず、早期に無観客を決断すべきとの声が幹部内でも強まっている。

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組織委幹部の間で無観客を受け入れざるを得ないとの考えが強まってきた。政府は東京都などに対し、今日12日から月末まで緊急事態宣言を延長。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は7日、宣言解除には「感染状況がステージ2の方向に下降傾向がみられることが重要」と発言した。

この日の都内の感染者数は新たに925人で前週より316人も増加。宣言解除が6月にずれ込む可能性がある中、ある組織委幹部は「早期に無観客を決断した方がいい。大会への国民の安心感も出てくる。さまざまなリスクも軽減される」と語った。

関係者によると、かつてはアスリートのために有観客で開催したい考えだった橋本聖子会長も感染状況や世論の動向を見て、無観客を受け入れる考えにシフト。先月28日、国際オリンピック委員会(IOC)、東京都との5者協議で示した共同文書では観客上限の決定を6月としたが、後の会見で「無観客の覚悟を持っている」と発言していた。

大会関係者によると、早く無観客を決断すれば問題の五輪医療体制も縮小できる。観客の暑さ対策として各会場に配置する医師や看護師の人員も減らせる。同様に警備人員も縮小できる可能性があり経費削減につながるという。

判断が先送りになるほど関係各所の負担は大きくなる。無観客をにらみながら「上限50%」の準備を進めなければならない組織委職員は日に日に、追い詰められている。大会スポンサーも観客が決まらず業務に支障が出ているという。

チケット保有者にとってはホテルや交通機関のキャンセル料に心配が及ぶ。ホテル側も急なキャンセルとなれば発注済みの食材や備品が無駄になり、損害が出る恐れがある。

ただ五輪関係団体は一枚岩ではない。開催都市の東京都はできれば有観客で開催したい。「当然観客は入れたい」と都幹部。無観客なら組織委予算のチケット収入約900億円が入らず、組織委が賄えない分を都が補うことになるからだ。

IOCはバッハ会長をはじめ開幕の近い時期に判断し、なるべく多くの観客を入れたい考え。政府や官邸、組織委の一部でも「5月下旬に感染者が急激に減れば6月まで待って上限50%にした方がいい」との意見もある。別の組織委幹部は「各団体が一致しないので悩ましい」と吐露した。

無観客を飛び越え、中止論が国民世論に広がっている。大会関係者が最も懸念するのは大会の中止。無観客は最後のカードだが、緊急事態宣言が明けるのを待って、判断が遅きに失すれば「世論が持たない可能性だってある」(大会関係者)と危機感を募らせた。

◆東京五輪・パラリンピック組織委員会 東京開催の決定を受け、大会の準備・運営のため、14年1月に設立された。日本オリンピック委員会(JOC)と東京都が出資している。会場の整備や大会スケジュールの管理、チケットの販売、プレス対応、感染症対策などの業務を行う。初代会長の森喜朗氏は2月の女性蔑視発言で辞任。橋本聖子氏が後任になった。理事は45人。3月には00年シドニー五輪女子マラソン金メダルの高橋尚子氏ら新たに12人の女性理事が加わった。

<東京五輪のコロナ対応を巡る経過>

◆3月20日 政府、東京都、組織委とIOC、国際パラリンピック委員会(IPC)の5者協議で海外観客の受け入れを断念することが正式に決まった。

◆同25日 東京五輪の聖火リレーが福島県のサッカー施設Jヴィレッジからスタート。11年女子サッカーW杯ドイツ大会で初優勝した「なでしこジャパン」メンバーが第1走者に。

◆4月15日 自民党の二階俊博幹事長が、大会について中止の選択肢もあることに踏み込んだ。

◆同21日 IOCバッハ会長が理事会後の記者会見で、東京都に再発令される見通しの緊急事態宣言について「東京五輪と関係がない」と述べ、国内世論の批判を集めた。

◆同27日 丸川珠代五輪相が閣議後の会見で大会の医療提供体制をめぐり、東京都に苦言。前回の五輪相時代も含め小池百合子知事との対立構図が再燃。

◆同28日 国内観客数の上限方針について5者協議で「判断は6月に国内のスポーツイベント等における上限規制に準じることを基本に行う」と先延ばしした。

◆5月5日 米有力紙ワシントン・ポスト(電子版)が日本に対し東京五輪を中止するよう促すコラムを掲載。IOCバッハ会長を「ぼったくり男爵」と呼び、「地方行脚で食料を食い尽くす王族」に例えて「開催国を食い物にする悪癖がある」と非難した。

◆同6日 IOCなどは東京大会に参加するアスリート対象のワクチンを、ファイザー社(米国)と共同開発のビオンテック社(ドイツ)から無償提供を受けると発表した。

◆同7日 競泳女子で東京五輪代表の池江璃花子が、自身のSNSを更新。開催を巡りさまざまな意見がある東京五輪についてSNSに代表辞退や開催に反対してほしいとの意見が届いたことに言及。「私は何も変えることができません。この暗い世の中をいち早く変えたい、そんな気持ちは皆さんと同じように強く持っています。ですが、それを選手個人に当てるのはとても苦しいです」と心境を吐露した。