東京オリンピック(五輪)サッカー男子のベスト4の中に、3人の教え子を持つ指導者がいる。関西で30年近く若い世代を教えてきた貴志正弘(51)は、日本のGK谷晃生(20=湘南ベルマーレ)を小学生時に、FW林大地(24=サガン鳥栖)を高校時に、メキシコのコーチ西村亮太(36)を高校時に指導。まったく違う時代、違う場所、違う境遇で教えた3人は、開催が危ぶまれた自国開催の東京五輪4強に勝ち残った。貴志は奇跡的な巡り合わせに感謝している。(敬称略)【取材・構成=横田和幸】

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7月25日に埼玉で行われた日本-メキシコの1次リーグ第2戦。貴志は、食い入るようにテレビ画面を見ていた。

「単純に、うれしかったし『どっちも頑張れ』だった。それぞれの特長を生かし、やってくれと…。父親のような感覚だったのかもしれません」。興奮を隠せなかったのは、両軍に自分の教え子が3人もいたからだ。

試合は2-1で日本が競り勝った。日本の最後尾を守った谷には小学4年の2010年から3年間、自身が代表を務める「おーさかGKスクール」の第1期生として基礎を教え込み、在籍中に大阪府トレセンに選ばれるほど上達した。

1トップで先発した林には、大阪の私立名門・履正社高でコーチとして、2013年から3年間、部活動を共にした。林は全国高校選手権に2度、全国高校総体に1度出場し、すべてベスト8に進んだ。

メキシコのベンチでロサノ監督の横にいた分析担当コーチの西村とは、母校・大阪府立大塚高でコーチと部員の関係だった。全国大会の経験がなかったDFの西村が進んだ天理大時代、筑波大大学院への進学を勧めて指導者の道筋を立てたのが、貴志だった。その後に単身でメキシコに渡った西村は、熱心さを評価されて五輪の舞台に立った。

その日本-メキシコの一戦は、貴志が「亮太のメキシコが、日本のパスサッカーをどう寸断しにくるかに興味があった」。後半途中に退場者を出してから怒濤(どとう)の反撃に出たメキシコが1点差に詰め寄った姿が、本来の実力だと思った。谷、林の日本が何とか逃げ切った。

「亮太の練る作戦が楽しみだったし、僕と同じGKの晃生にはミスはするな、大地はあの(勇猛な)性格なので劣勢であっても1チャンスを決める力があると思い、見ていました」

代表チームに複数の教え子が入るのは、Jリーグクラブの下部組織や名門高校などが充実する日本では決して珍しくはない。ただ、東京五輪代表になった貴志の教え子3人は、まったく違う時代、違う場所、違う境遇で出会った。特に西村はメキシコという異国で頭脳役を担う。両国は1次リーグで対戦しながら、ともにベスト4に勝ち進み、この奇跡的な巡り合わせに本人が一番驚き、喜ぶ。

「彼らとは、知り合い以上の距離感。(こういった立場の人は他に)なかなかいないでしょうから、これで決勝で再び日本-メキシコが対戦したら、表現はおかしいかもしれないが、逆にきょとんとしてしまうでしょうね」

貴志は大塚高、社会人の大阪ガスでGKとしてプレーしたが、全国大会の経験もない。現役時代、自分たちを教えてくれるGKコーチの存在が皆無だったという環境を思い、1996年からGKの指導に特化した組織をボランティアで発足させた。2010年に現在の「おーさかGKスクール」に組織を拡充させ、今では関西に約350人の児童、生徒がいる。

「晃生は、性格的には今も同じで物静か。小学5年で大阪府トレセンに呼ばれた頃から、周囲の高いレベルに刺激され、意識が変わり始めた。社会的にもGKは目立たない損な役回りが多い中、あの子はGKというポジションをずっと好きでいてくれたんです」

7月31日の日本-ニュージーランドの準々決勝は、120分の死闘の末にPK戦に突入した。そこで谷が相手のシュートを止め、ベスト4に進んだ。

貴志は谷だけでなく、GKを志す若者に「仲間の将来はお前たち(GK)が背負っているぞ。試合で無失点に抑え、PK戦で相手全員を止めて味方が1本でも決めてくれれば、次に行ける。全国大会に行けば、将来も変わる」と、重圧をかけてきた。まさに谷は、日本をメダル王手の準決勝に勝ち上がらせた。

五輪開幕前、貴志は西村からメールで「谷も林もみんな、貴志さんの教え子ですね」というメッセージをもらったという。「亮太は高校時代から一切、練習でゆるむこともなく、ふざけない。頑固で自分の筋を立ててしゃべるし、納得したら頭の中は切り替えられる人間。当時から大人びた子でした」。その特長がメキシコで指導者として開花したと思っている。

日本が過去最高となる銀メダル以上を確定できるか、3日の準決勝は日本-スペイン、メキシコ-ブラジルで行われる。決勝で再び日本-メキシコが実現するのか、1968年メキシコ大会のように3位決定戦で同じカードとなる可能性もある。コツコツと指導者の道を歩んできた貴志は、奇跡的な巡り合わせをプレゼントしてくれた教え子3人を見守り続ける。

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◆貴志正弘(きし・まさひろ)1969年(昭44)10月9日、大阪市生まれ。大塚高、大阪ガスでGKとして現役を送り、23歳の秋にけがで引退。93年から母校・大塚高で外部コーチに就任するなど、大阪を中心に若年層の育成に注力。現在は「おーさかGKスクール」代表、履正社高GKコーチ、箕面FC・U-12監督を兼任し、関西協会、大阪協会でも重責を担う。

◆おーさかGKスクール 2010年に大阪で発足し、昨年に法人化。小、中、高校生を中心に府内各地で定期的に指導し、出張スクールとして関西圏や高校、大学にも単発で指導に出向く。組織名は「大阪人は大阪を『おーさか』と呼ぶ。温かみのある文字にしたかった」という貴志代表の思いが込められている。