トランスジェンダー女性のローレル・ハバード(43=ニュージーランド)は、スナッチを3回連続で失敗して記録なしとなった。ハバードは23歳で1度現役を引退するまでは男子のカテゴリーで出場しており、性別適合手術を受けて女性となった選手が女子競技に参加するのは五輪史上初めて。LGBTQ(性的少数者)や女性の出場が最多となった東京五輪で、ジェンダー平等を象徴する存在として注目を集めていた。

120キロに設定した1回目の試技を失敗すると、2回目は125キロに重量を上げた。頭の上まで持ち上げると成功を確信するように右手でガッツポーズと笑顔をつくったが、肘が伸び切っていないと判断されたのか連続で失敗。3回目の同重量も失敗して、ジャークに臨む前に記録なしが決定した。

ハバードは23歳で1度現役を引退するまでは、男子のカテゴリーに出場していた。13年に性別適合手術を受け、国際オリンピック委員会(IOC)が15年に男性ホルモンのテストステロン値が12カ月間、一定以内ならトランス女性選手の女子競技参加を認めるガイドラインを策定し、今回の出場に至った。スポーツ界の多様性への理解が年々進む中で競技復帰し、17年の国際大会出場後は世界中から注目され始めていた。

トランスジェンダーの人々からは五輪出場の快挙を祝う声がある一方で、否定的な意見もある。「一定の属性の人だけ排除されるということがあってはならない」と歓迎する専門家もいるが、ロイター通信によるとベルギー選手のアナ・ファンベリンヘンは「何人かの選手が五輪出場やメダル獲得といった人生を変える機会を失う」と反発しているという。IOCの基準が男性として成長した選手の身体的優位性を、軽減する効果は少ないという声もある。

東京五輪の理念である「多様性と調和」。メディアの取材はほとんど受けないハバードだが、7月30日にニュージーランド・オリンピック委員会を通じて「五輪は私たちの希望、理想、価値観を世界的に祝うものだ。IOCがスポーツを包摂的で、身近なものにしようとしていることを称賛したい」とコメントを発表していた。

◆ローレル・ハバード 1978年2月9日、ニュージーランド・オークランド生まれ。「ギャビン」と名付けられた。10代で競技を始め、20歳で国内ジュニア記録を樹立。3年後に現役引退し、性別適合手術を受けた。「ローレル」と名乗り、女性として出場した17年世界選手権で銀メダルを2つ獲得。父のディックは04年から07年にかけてオークランド市長を務めた。