ワールドカップ(W杯)ロシア大会日本代表のMF香川真司(29)が、ドルトムントからトルコ1部ベシクタシュに期限付き移籍しました。3日のアンタルヤスポル戦では出場「16秒弾」あり、約9年ぶり「直接FK弾」あり。2分半で2発という衝撃デビューには、本人も「ここまでは想像していなかった…。夢みたい」と驚くしかありません。トルコリーグで初めてゴールを記録した日本人にもなりました。

ドイツからトルコ最大の都市イスタンブールへ入った1月31日。チャーター機を降りたアタチュルク国際空港でメディアやサポーターに、もみくちゃにされた映像からも分かるように、入団直前から香川フィーバーが続いています。新聞は連日カラー面で動向を報じ、テレビは香川の起用法について専門家が議論。ユニホームは数千枚が飛ぶように売れ、9日の本拠地デビュー戦(対ブルサスポル)も約4万2000席が完売しました。あまりの人気に、本人も今は街に出ることを自粛しています。

その熱狂ぶりを感じようと現地へ入りました。ホームスタジアムのボーダフォン・アリーナはもちろん、空港でもタクシーでも路面電車でも飲食店でも、あらゆる所で「シンジ・カガワ」と声をかけられ、握手を求められます。「シンジは兄弟」「カガワは将軍」と肩に手を回された時には、謎のトルコランプを買わされてしまいました。

ホーム初戦の前には、ベシクタシュ地区にあるサポーターの“たまり場”も訪れました。クラブの象徴、黒鷲の像が建つ繁華街の広場には、白黒のユニホームを着た人、人、人。先述の通りチケットが完売しているためか、文化なのか、午後7時キックオフなのに昼すぎからサポーターが集まって応援歌を合唱していました。ここでも「よくぞ来てくれた、カガワ」と大歓待。トルコの代表料理ケバブを買わされてしまいました。

スタジアムは、さらに熱狂。同じ日本人ということで記者の自分まで撮影攻めに遭い、香川が入団会見で披露していた「黒鷲ポーズ」を“仕方なく”再現。試合中は、西ドイツ発祥の名曲「ジンギスカン」を基にしたもので、香川も「トルコではすごく有名な曲らしい。仲間から事前に聞いていた」と楽しみにしていた応援歌(シン、シン、シンジカガワ~♪)を聴きました。

一方、相手チームへのブーイングでは記者席の隣にいた弊社オルムシュ由香通信員の声が聞こえなくなりました。収容4万人クラスのスタジアムで、この現象を味わったのは初めて。倍の8万人が入るドルトムントの本拠ジグナル・イドゥナ・パークにも、体感レベルでは負けないほどの大声援でした。なるほど、ガラタサライ長友の「トルコの熱量は異次元」という発言にも納得できました。

香川人気は試合後の取材エリアでも。地元メディアが殺到しましたが、囲むのではなく並び始めました。どうやら目的は、コメント取りではなく記念撮影。携帯電話を手にした記者の“突撃”を受けました。翌10日の練習には、非公開にもかかわらずサポーター数十人が詰めかけ、クラブハウスの門外で待ち構えていました。香川も思わず送迎の車を降り、その場にいた全員にサイン。記念撮影にも丁寧に応じると、最後は「アイ・ラブ・ユー・カガワ」の大合唱です。さらに心をつかんだ様子でした。

つらつら書いてきましたが、なぜ、ここまで人気なのでしょうか。衝撃の2発デビューを飾ったから? 欧州のビッグクラブで結果を残してきたから? 本人は「(デビュー前の段階の)ここに着いた日からリスペクトを感じている。ある程度、素晴らしいキャリアを持った選手がトルコに来ると、気持ち良くプレーさせてもらえる感じがしている」。スナイデル、ドログバ、ポドルスキ(ガラタサライ)ロベルトカルロス、ファンペルシー(フェネルバフチェ)グティ(ベシクタシュ)-。過去の大物加入時の盛り上がりが自分にも起きている、と肌で感じているようでした。

それを念頭に、クラブに人気の理由を尋ねてみると「有名だけではなく、勝てる選手だから」と返ってきました。香川はドルトムントで10-11年、11-12年シーズンに2連覇。マンチェスター・ユナイテッドでも12-13年にプレミアリーグを制覇しました。しかも、ともに入団1年目に達成しているのです。

昨夏から獲得を熱望していたギュネシュ監督も、その1人。「来てくれたことで、練習から雰囲気が変わった」と言います。香川移籍前は首位バシャクシェヒルと勝ち点11差の6位に沈んでいましたが、加入後は2連勝で同9差の3位に浮上。まだ数字上は離れていますが、クラブの広報責任者アルトゥ氏も「シンジが来る前のチームには『今年は無理か…』という感情が少なからずあったが『いけるかも!』に変わった」と証言。「意気消沈していたサポーターのモチベーションも高まってきた。だから(ガラタサライ、フェネルバフチェとの)イスタンブール・ダービー以外では久々にチケットが完売したのも、シンジへの期待だろう」と付け加えました。

ボーダフォン・アリーナでは16年12月、自動車爆弾テロで死傷者が200人を超えた、痛ましい事件も起きています。アルトゥ氏は「チームとして負のイメージをぬぐい去ろうと努力している中、シンジが来てくれたことは本当に明るいニュース。いい方向に変わっていけるはずだ」とも。それほどの存在、希望として迎えられている中で優勝に貢献すれば、確かに意味あるものになるでしょう。

この活況にも、香川は地に足をつけています。「非常にありがたいし、環境も申し分ないけど、甘えちゃいけない。これだけの歓迎は当たり前じゃないし、逆に、いいプレッシャーにしたい。きっと彼らは優しくしてくれるけど、甘えたら意味がない。いかに結果に変えていくか。周りを気にせず、常に自分自身の状況を把握しながら厳しく問いただしていきたい」と。

そう強調するのは、やはりトルコが通過点だからでしょう。今夏には、夢のスペイン移籍に再挑戦すると思われます。イスタンブールの方々には残念ですが「居心地の良さに、染まっちゃいけない」が香川の覚悟です。その代わり、レンタル期間が終了するまでの4カ月間は“優勝請負人”として全精力を注いでくれるはずです。

日本人初となる欧州3クラブ目の優勝へ。ベシクタシュを逆転Vに導けば、自身の価値はさらに高まります。トルコのファンから快く送り出される形での、念願のリーガ・エスパニョーラ挑戦につなげられるか。個人的には半年で2ケタ(残り13試合で8得点)も目指してほしいと思う中、初先発の可能性がある今夜の敵地マラティヤスポル戦(15日深夜2時30分)から結果に注目です。【木下淳】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)

◆木下淳(きのした・じゅん)1980年(昭55)9月7日、長野県飯田市生まれ。早大4年時にアメフトの甲子園ボウル出場。04年入社。文化社会部、東北総局、整理部を経てスポーツ部へ。鹿島、東京に続いて今季から浦和を担当。

ベシクタシュ対ブルサスポル 後半22分から本拠地デビューしたベシクタシュMF香川(19年2月9日撮影)
ベシクタシュ対ブルサスポル 後半22分から本拠地デビューしたベシクタシュMF香川(19年2月9日撮影)