日本代表(FIFAランキング19位)の森保一監督(57)が17日、ボリビア戦(18日、同76位)に向けた公式会見で恩人たちの訃報を明かし、涙ながらに感謝の言葉を口にした。
日本サッカー史上初の国際Aマッチ100試合という金字塔を打ち立てる前日、会場の東京・国立で会見に臨んだ。「100試合」についての感想を問われるとこう話した。
「100試合ということで、あらためて幸せなサッカー人生を送らせてもらっているなと言う思いと、ここまで多くの方々に応援してもらってやってこれましたので。応援してくださったみなさん、支えてくださっている方々に感謝したい」
「川淵さんが宣言された2050年までに日本がW杯に優勝するという大きな目標がある中、私自身が日本サッカーに携わる者として何ができるか、サッカー界に何ができるか考えて、かつ目の前のことに全力を尽くすということで今がある。これからも一日、一日を全力疾走していきたい」
その流れからサッカー人生に関わってくれた“恩人”たちに思いをはせ、こう切り出した。
「そして全く違う話ですが、ここにおられるメディアのみなさんも日本サッカーの発展に貢献してくださっている。というのも、今日連絡を受けたのですが、ここにおられるみなさんはご存知かと思いますが、サッカージャーナリストの六川亨さんが今朝お亡くなりになったということ。闘病の末にお亡くなりになったということをお聞きしました。亨さんが最後に言われた言葉…」
そこまで話すと、涙で言葉が詰まった。
そして絞り出すように「ガーナ戦に勝って良かったなということを、最後に言ってくださったと聞いています。亨さんには批判的なこともたくさんいただきましたが、本当にサッカーファミリーとして、日本サッカーの発展に大きく貢献していただき、感謝の思い出でいっぱいです。亨さんのご逝去を悼み、ご冥福をお祈りしたいと思います」
さらに長崎日大高時代の恩師、下田規貴監督に加え、同級生がこの代表活動期間中に亡くなっていたことまで明かした。
「今の私がある大きな存在として、高校の恩師である下田先生が亡くなったりだとか、同級生が亡くなったり…。多くの大切な方が亡くなって悲しい思いをしてきたので、明日もボリビア戦も勝ってまた日本サッカーがW杯優勝に向けての挑戦を楽しみに喜んでいただければと思うし、天国におられる方にサッカーを楽しんでらえるようにベストを尽くしていきたい」
サッカー人、森保一を育てた下田監督。その大恩人が亡くなったことについての思いを問われると、記憶を掘り起こしこう話した。
「自分の高校時代を振り返った時に、本当にダメダメ人間で、何をやっても半人前な人間だったと思いますし。そこで学校生活を続けさせてくださって、サッカーからも離れようとした時に温かく見守ってくださって、サッカーも続けさせていただいた。ご恩は一生忘れないですし、つなげていただいた恩返しとして、ご本人にはこれからできることは直接ないですが、ご本人も日本サッカーの発展を強く臨んでいたと思いますし、私自身も自分の立場から、できる限りのことを日本サッカーの発展に尽くしていきたいなと思っています」
個性を大事にする、ミスを恐れずチャレンジする環境、自らの人生に与えてくれたことを肝に銘じ、100試合に臨む原点を強くした。
森保監督はガーナ戦までで99試合を戦い、通算成績は68勝14分17敗(※PK戦は引き分け扱い)。7割近い勝率を誇っており、名実ともに日本サッカー史上最高の監督となっている。

