セレッソ大阪の元日本代表MF清武弘嗣(34)が、苦渋の決断でサガン鳥栖への期限付き移籍を決めた。5日、明らかになり、近く正式発表される。

関係者によると、出場機会の少ない清武への関心は、他クラブから常にあったものの、近年のけがの多さ(稼働率の低さ)、高額な年俸7000万円(推定)など、簡単に決まる商談ではなかったという。だが、ここにきて鳥栖からのラブコールを受け、話は急展開をみせた。

この3週間はコンディション不良で別調整が続いていた清武だが、徐々に回復していた。10日の天皇杯3回戦J2甲府戦への出場も可能とみられた。体調さえ整えば、J1で戦力になる力を持ち合わせているのは明白だった。

ただ、C大阪が初優勝を目指すリーグ戦では、今季ここまで全て途中出場の6試合(計76分間)のみ。攻守とも強度の高いプレーが求められ、軽やかなパスワークが真骨頂の清武の特長が生かしにくい環境であったのは、本人が一番分かっていたはず。チームが目指すスタイルの変化が、清武には逆風となった。

就任丸3年を迎える小菊昭雄監督(48)は、清武らレジェンドやベテランにリスペクトするものの、練習からの競争に勝った選手を試合に送り込むという信念を崩さない。

清武の盟友MF香川真司(35)でさえ、今季9試合1得点にとどまり、約2カ月(8試合)もリーグ戦の出番はない。ブラジル選手をのぞき、わずか1枠の攻撃的MF(FW)の位置は現在、MF上門知樹(27)が第1の選択肢にあり、清武の序列はベンチ入り18人の当落線上だった。

もちろん、その競争に臨んでいた清武だが、11月に35歳を迎え、選手生命は決して長く残されているわけではない。

大分市で生まれたファンタジスタにとり、同じ九州にある鳥栖からのオファーは、悩み抜いた末、新たな能力を開花させてくれる環境に映ったのだろう。

19年から5年連続で主将を務めたC大阪のスター選手は、愛着の最も深い大阪を離れ、週明けにも鳥栖の練習に合流の見込みだ。

 

◆清武弘嗣(きよたけ・ひろし)1989年(平元)11月12日、大分市生まれ。大分の下部組織からトップ昇格を果たし、10年C大阪へ移籍。12年7月にニュルンベルク、14年7月ハノーバー(ともにドイツ1部)、16年6月セビリア(スペイン1部)の欧州挑戦を経て、17年1月にC大阪復帰。12年ロンドン五輪代表で国際Aマッチ通算43試合5得点。J1通算259試合40得点。172センチ、66キロ。