勝負事には根拠のない自信も時に必要となる。とはいえ、裏付けされた自信があるに越したことはない。その意味では得られた収穫は計り知れない。

陸上のダイヤモンドリーグ・ロンドン大会の男子400メートルリレー。多田修平(23=住友電工)、小池祐貴(24=住友電工)、桐生祥秀(23=日本生命)、白石黄良々(23=セレスポ)で挑んだ日本は37秒78で2位になった。17年世界選手権で金メダルを獲得した英国の37秒60には及ばなかったが、そのタイムは日本歴代3番目だった。

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一夜明けた22日のヒースロー空港。羽田空港へ向かう航空機に乗るゲートの待合室。100メートルでは9秒98を出し、400メートルリレーでは第2走者を務めた小池祐貴(24=住友電工)は搭乗のアナウンスを待ちながら、ふと口にした。

「ちょっと気にはしてましたよ。リオのメンバーじゃないと37秒台のタイムは出ないのかなと。僕が入っただけで38秒台になっていましたから」。

そう思うのも、無理はない。このレースの前までの男子400メートルリレーのパフォーマンスを見る。

(1)37秒60 16年リオデジャネイロオリンピック(五輪)決勝

(2)37秒68 16年リオデジャネイロ五輪予選

(3)37秒85 18年セイコーゴールデングランプリ大阪

いずれもメンバーは第1走者から山県亮太(27=セイコー)、飯塚翔太(28=ミズノ)、桐生祥秀(23=日本生命)、ケンブリッジ飛鳥(26=ナイキ)の銀メダルメンバーだった。

その一方、小池が日本代表として走った3レースの結果は、こうだった。

(1)38秒09 18年ダイヤモンドリーグ・ロンドン大会(第1走者)

(2)失格 19年世界リレー大会予選(第3走者)

(3)38秒00 19年セイコーゴールデングランプリ大阪

21日は、自身で走ったレースで初めての37秒台だった。

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リオ五輪以降、男子400メートルリレーで金メダルを目標にしてきた日本は「個の強化」を掲げてきた。実際にリオ五輪以降、代表候補とされる選手は、みな自己ベストを更新し、リオ五輪以前は0人だった9秒台スプリンターは3人に増えた。

同時にリオ以上のタイムを出せる走順の幅も追求してきた。昨夏のジャカルタ・アジア大会は多田を第2走者に起用。今年5月の世界リレー大会はアンカーに桐生を配置した。結果、アジア大会こそ金メダルを獲得したが、タイムは38秒16と平凡だった。自国開催で期待された世界リレー大会は予選でバトンミスが発生し、失格となった。

その一方で、リオのメンバーでほぼバトン練習の時間なく、レースに挑んだ18年セイコーゴールデングランプリ大阪は、37秒85の好タイムだった。多くの選手が走力を伸ばしても、4人の組み合わせなら、山県→飯塚→桐生→ケンブリッジが数字の上では最速であり、あうんの呼吸もあった。

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そのような状況が続いていた中、リオとは違うメンバーでも37秒台を出せた意義は大きい。日本陸連の土江寛裕五輪強化コーチ(45)はレース前、目標を「38秒切り」としていた。しかし、設定を大きく更新したレース後は「120点」と興奮した様子だった。当初、遠征の最優先課題と位置付けたサニブラウン・ハキーム(20=フロリダ大)とのバトンワークの強化は、サニブラウンが背中と太もも裏の痛みで実現できなかった。とはいえ「机上の計算式」でしかなかった新布陣が、しっかりとタイムという「答え」を導き出せた。成功体験は何よりの自信の素となる。

しかも、まだ100メートルで9秒97の日本記録を持つサニブラウンも、同10秒00の山県も控えている。その計算式は、上積みの余地を持つ。

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世界選手権(ドーハ)は2カ月後に迫る。男子100メートルは史上最速の布陣で挑むことになりそうだ。日本選手権で内定を決めたサニブラウン・ハキーム(20=フロリダ大)。世界ランキングで上位の桐生祥秀(23=日本生命)、小池祐貴(24=住友電工)も代表選出が決定的。3人とも自己ベストは9秒台だ。

ただ、懸念される材料も付け加えておく。その3人とも200メートル代表も兼ねる可能性がある。日本選手権で2冠のサニブラウンは内定しており、残るは2人。現状、世界選手権の200メートル参加標準記録(20秒40)を突破しているのは、サニブラウンの他に小池と桐生しかいない。このまま新たな突破者が出てこなければ、100メートルの3人が、200メートルも戦った後、3種目となる400メートルリレーに挑むことになる。これは体への負担が大きい。個人2種目で出場した15年世界選手権(北京)の高瀬慧(30=富士通)、17年世界選手権(ロンドン)のサニブラウンとも、400メートルリレーは足の痛みで、回避を余儀なくされた。走力の面でのベストメンバーを組めない危険性が潜んでいる。それは歴史は物語る。

もちろん、参加標準記録の有効期間はあと1カ月半ある。飯塚翔太(28=ミズノ)を筆頭に200メートルの参加標準記録を破るチャンスは十分だ。

それに日本は走力を補う洗練されたバトンワークで世界と渡り合ってきた。誰が、どこに入っても、遜色なく戦えるような選択肢も増やしてきた。もし懸念が現実になったとしても、それは日本の層の強さを示す演出にしかならないだろう。

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ラグビーを題材にした池井戸潤原作のTBS系ドラマ日曜劇場「ノーサイドゲーム」には、こんなせりふがあった。「それぞれの特性をうまく生かせば、15が100になる。かみ合わなければ0になる」。もちろん球技に比べれば、戦術は限られるが、リレーもしかりかもしれない。2カ月後の世界選手権、そして1年後に迫った東京オリンピック(五輪)。土江コーチは金メダルの水準を「37秒40以内」と読む。そこへの逆算の式を、どう導き出すか。根拠がなければ、答えにはたどり着かない。【上田悠太】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)


◆上田悠太(うえだ・ゆうた)1989年(平元)7月17日、千葉・市川市生まれ。東亜学園、明大・情報コミュニケーション学部を卒業後、14年に入社。芸能、サッカー担当を経て、16年秋から陸上など五輪種目を担当。18年平昌五輪はフリースタイルスキー、スノーボードを取材。

男子400メートルリレー 第3走者小池(右)からアンカー桐生へバトンが渡る(撮影・清水貴仁)
男子400メートルリレー 第3走者小池(右)からアンカー桐生へバトンが渡る(撮影・清水貴仁)