晴れやかな門出のはずの席であふれた失意の涙。12日の東京オリンピック(五輪)マラソン日本代表の内定会見で、女子補欠選手として壇上に並んだ松田瑞生(24=ダイハツ)が言葉を詰まらせた。

この日は出場内定選手に加え、補欠に回ることになった松田らも登壇。くしくも、先日の名古屋で松田の記録を抜いて出場切符をつかんだ一山麻緒の隣に座った。

明るく元気な大阪娘。いつもはリップサービス旺盛だが、この日は快活さが影を潜めた。それはそうだろう。1度はつかみかけた五輪出場権を、4日前に逃したばかり。長い歳月をかけ、日々練習を重ねてきたからこそ、夢がついえてたった1週間足らずで気持ちを切り替えられるはずがない。

それでも松田は、気丈に振る舞った。会見冒頭には「内定した選手と同じ気持ちで、最後まで戦っていきたい」。マラソン・グランドチャンピオンシップが新設された選考方法に関しては、この形式だったからこそ1月の大阪国際女子マラソンで「歴代10番に入れるようなレベルの高い成績が出た」と振り返り、「女子マラソン界がいろんな人に知ってもらえ、盛り上がってきている。今回の大会はとてもよかった」と大局的に述べた。

会見前には64年東京大会男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉氏のお墓や記念ホールを訪れた。「現在は厚底シューズが主流だが、円谷さんが履いていた靴は草履のように薄く、その靴でマラソンを走ったんだと思うと、大きな衝撃を受けた」。表現力豊かに話し、いつもの松田節が少し戻りつつあるようにも感じられた。

それでも会見の終盤、感情がせきを切った。今後の目標などについて聞かれ、「正直なところまだ整理がついていないので…」と口にしたところで、20秒近いおえつと沈黙。「再スタートを…切れるくらい気持ちを戻して、体を整えてからまたチャレンジしたい」。大粒の涙をぬぐい、声を絞り出した。憔悴(しょうすい)した内面が表情にも言葉にも表れていた。それでも最後まで真摯(しんし)に、自分の言葉を紡いだ。

松田だけではない。同じく女子補欠の小原怜は、「選ばれた3人と同じ気持ちで、自分もしっかり準備をしていく」と述べ、男子補欠の大塚祥平、橋本峻も、丁寧に言葉を選びながら心境を語った。大舞台を目指して走ってきたトップ競技者たちのこの日のせりふは、すべてが本心ではなかったはずだ。夢に手が届かなかった悔しさを、それぞれが胸の奥に押し込んでいたことだろう。淡々とした発言の1つ1つが、重く響いた。

彼らの振る舞いが立派だったからこそ、男子で出場する2人が不在だったことは残念でならない。日本陸連の強化関係者は、中村匠吾に関してはウイルス感染拡大の影響で「(所属先の)富士通の経営陣からお達しがあった。直前まで参加への動きはあったが」と説明。そして大迫傑については「仕事が入っていたと聞いている」と明かしたが、プロアスリートであるならなおさら、公の場で多くのファンに向けて言葉を発信することは、優先度の高い職務の1つであるはずだ。その後、陸連広報からは、両者とも欠席理由は新型コロナウイルス感染予防のためと正式発表された。

連盟として「ワンチーム」をアピールしようとした演出が、結果として結束感のなさを露呈したうえ、補欠選手に心理的負担を与えてしまった。【奥岡幹浩】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

東京五輪マラソン代表内定会見に補欠2番手として出席し、涙を流す松田(2020年3月12日撮影)
東京五輪マラソン代表内定会見に補欠2番手として出席し、涙を流す松田(2020年3月12日撮影)