白血病から復帰した競泳の池江璃花子(20=ルネサンス)が、オリンピック(五輪)代表選考を兼ねた日本選手権(4月3~10日、東京アクアティクスセンター)に出場する。大目標の24年パリ五輪の途上にある東京五輪の代表選考で俎上(そじょう)に上がる。

■白血病の公表に衝撃走る

19年2月12日が忘れられない。池江がSNSで白血病を公表した瞬間、男子の小関也朱篤が都内で公開練習をしていた。水泳担当記者の多くが、囲み取材が始まるタイミングを待っていた。弛緩(しかん)した空気が流れる中で、多くのスマホが一斉に震えて衝撃が走った。直後の囲みでテレビ局が小関に池江の白血病について、とりあえず質問した。世界選手権でメダル経験がある、筋骨隆々の男が「白血病? 池江が? 本当ですか…」と絶句して視線をさまよわせた。それは囲みに参加していた記者、そしてニュースを知った多くの人たちの率直な思いを代弁していただろう。

記者になって22年目だが、担当種目の現役選手が白血病になったケースは初めてだった。けがや事故、不祥事はたくさん見てきた。骨折ならば「けがを治して戻ってくる」とも書けるが、明らかに事情が異なる。日本水連関係者も「国内で代表クラスが白血病になったケースがない。しかもスプリント種目で。練習した時のリバウンドがわからない」と困惑した。池江の得意種目は50メートル、100メートルの短距離で体力の消耗が激しいバタフライ。水泳では08年北京五輪で白血病からの金メダルを獲得したワイデマン(オランダ)がいるが、10キロをゆったり泳ぐオープンウオーターとは違う。わずか1分弱で全精力を出し切るレースに備えて練習を重ねた際、再び体調不良に見舞われないのか。それは誰にもわからなかった。

■日本選手権のスタート台へ

報じる側として「東京五輪」「池江璃花子」の文字が並ぶことがプレッシャーを生み、リミットを超える練習につながることを恐れた。池江は白血病がわかった時「これで東京五輪に出なくて済む」とほっとしたという。もともと3人きょうだいの末っ子。小さいころは姉、兄と張り合って「私を見て」「璃花子のことが好きじゃないの?」とせがんだ。意志が強くて負けず嫌い。本人も気づかないうちに「周囲の期待に応えたい」と無理をするかもしれない。だから昨年8月の復帰レース以降も、本人が明確に発言しない限り、希望的な観測で「東京五輪の可能性」に言及することは控えてきたつもりだ。

その池江が、日本選手権のスタート台に立つ。5年に1度となった祭典の代表選考会。競泳の選考はタイムがすべてだ。年齢も背景も関係ない。選手以外は誰も立ち入れない領域だ。

出る以上、誰しも東京五輪の可能性がある。「アスリート池江」を考えた時、その現在位置を分析することが記者の仕事だ。代表選考会として見た場合、50メートル自由形、100メートルバタフライは日本水連が定めた派遣標準記録(19年世界選手権決勝進出ライン)がハードルになる。代表2枠にあたる2位以内に入っても、同記録を突破しなければ、五輪代表には選出されない。

■リレーメンバー入りへ真剣勝負

代表入りに近いのは400メートルリレーのメンバー4人に入ること。条件は100メートル自由形決勝でリレー派遣標準記録54秒42を切っての4位以内。池江の復帰後のベストタイムは55秒35。同記録を突破する可能性はある。では順位はどうか。池江の立ち位置は、現時点で4番手争い。上位3人は大本里佳、五十嵐千尋、酒井夏海。4番手を白井璃緒、佐藤綾、青木智美、池江らが競うが、大きな差はつくことは考えにくい。選手たちは、ひとかたまりの集団でゴールに突き進んでタッチの差で決着するだろう。

池江の代表入りは、電光掲示板に結果が点灯するまでわからない。ただこの舞台が「第2の水泳人生」を歩む池江にとって、最も純粋な真剣勝負になることは間違いない。女子100メートル自由形決勝は4月8日。それは池江がオーストラリアで白血病の診断を受けてから、ちょうど2年2カ月にあたる。【益田一弘】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆益田一弘(ますだ・かずひろ)広島市出身、00年入社の45歳。五輪は14年ソチでフィギュアスケート、16年リオで陸上、18年平昌でカーリングなどを取材。16年11月から五輪担当キャップとして主に水泳取材。